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ちなみに彼女の主張に反証するための物証も用意はしていた。結界術士だから気付いたし、私が彼の英雄を細かく観察していたから気付いたことではある。彼の英雄はあくまで魔術だ、と言い逃れするだろうが、その魔術の中核理論はこの論理に起因する。
彼の英雄は、常時、認識阻害の結界を展開し、不特定多数の他者の内では、決して注目されないように振る舞っている。だから、仮に、彼の英雄の存在を知らない者が彼の英雄とすれ違ったとしても、そもそもそこに誰かが居たことにさえ、気付くことは出来ない。
そして、彼の英雄が特定の他者、例えば会話や情報収集の必要がある際には、自身の性別が、男であるように偽装してからコミュニケーションを開始する。
彼の英雄と会話をしている他者は、相手が、名のない、ただの少年剣士のように認識する。今話をしている相手が、彼の英雄で、しかも女性だとは露程にも思わない。だから、通常の者は、彼の英雄に恋愛感情を抱かない。
極めつけは、仮に何等かの不手際により、仮に女性だと発覚しても、恋愛感情を抱けるほどに注意をさせないという注意阻害の結界が張られている。一瞬彼の英雄が魅力的な女性だとして認識したとしても、すぐに記憶が曖昧になり、1時間後には誰に注意していたのかさえ忘れさせてしまう。だから、彼の英雄に恋愛感情を抱くことは出来ない。そもそも注意が向かないのだから。
だから彼の英雄に恋愛する人間は原理的に存在し得ない。彼の英雄に愛を告白する者が居ないのは、彼の英雄の自業自得でもある。
仮に無理矢理外套を剥ぎ取って、王都を練り歩かせれば、それだけで注目の的になるし、一目惚れして言い寄る男が現れるのは必至だ。女の子さえもその美貌で魅了する。
結局のところ彼の英雄と恋愛関係になり得る例外は、彼の英雄が姿を見せると決定した者、魔法使い、そして共に旅をしている者、あと両性愛者を含む同性愛者。
彼の英雄が姿を見せている時は一般人でも少年剣士のような彼の英雄の存在は認識可能。信頼している者にも姿を見せる。そういう意味では彼の英雄が信頼している人物は決して多くはないし、必ずしも恋愛感情を抱くとは限らない。両性愛者を含む同性愛者は、少年剣士に恋愛感情と性愛を抱く可能性があるので、そもそも結界が機能しない。だから予防策として注意阻害の結界が張られているのだろうと思う。ただそれらも、あくまで普通の人相手にのみ機能する。魔法使いには、認識阻害も機能せず、最初から女性の魔法使いに見えるし、外套で隠されているために判別し辛いが、相当の美人であることもすぐに分かる。魔法使いであれば、彼女に恋愛することが可能である。ただし、魔法使いはそもそも数が限られている上に、恋愛に奥手な者が多い。仮に恋愛感情を彼の英雄に抱いた魔法使いが居たとしても、思いを伝える前に、彼の英雄は姿を消してしまう。だから魔法使いを含めて、彼の英雄と親密に為れる者はほぼ皆無と言って良い。
それら全てが、彼の英雄が自ら作成した外套の機能として編み込まれている。彼の英雄は、魔法使いとしての役割を果たすために、以前森で自分で機織りしたら自然とそういう機能が付いたと仰っていたが、ほとんど無意識にその機能を盛り込んでしまった。旅の者が一般に身につけている外套にもいくつかの認識阻害機能があるが、彼の英雄の外套はそれよりも高度な結界が付与されている。因みに私や旅の仲間のために織ってもらった外套にもほぼ同様の機能が付与されていた。実際その外套のために彼の英雄自身も、私達も相当救われている。きっと、彼の英雄にとって、恋愛は自身の行動を阻害する要因として捉えていたために、行動を阻害する可能性そのものを低下させる意図で無意識に織り込まれたのだ。魔法使いで、敵性国民扱いされた私達が自由に行動できたのは、彼の英雄作製の外套に隠れていたお陰でもある。
私は全ての例外を満たすため、彼の英雄の結界は効かないし、魔法使いの同性愛者なんて、例外中の例外だから、それに対応する結界を構築する必要も無かった。異常と言われても仕方が無い。彼の英雄の運の尽きは、私が魔法使いだったこと。同性愛者で救いようがない程諦めが悪い性格だったこと。ハメ手の達人だったこと。そして私の趣味嗜好そのものだったこと。
(貴女にとっては私の存在は不幸そのものだったかも知れないけれど、私にとっては幸運だったわ。今となっては・・・・・・)
と、余計な事を考えそうになり、治療に専念する。