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最後の治療  作者: 朽木 花織
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彼の英雄の無意識から再浮上すると、

「このろくでなし!」

という威勢の良いかけ声と共に、バチンという乾いた音が頭に響きました。回避も防御もままならず、渾身の平手打ちを右頬に受けた、という事実を朦朧とした私の表層意識が理解し、口の中に徐々に拡がる血の味に、私の理性の鍵が外れそうになる衝動を何とか押しとどめました。

(ろくでもないのは重々理解しているし、ハメ手を仕掛けたのも理解しているけど)

毎回のように平手で殴られるのは非常に痛いし、それ以上に苛立つ。

(最初は小刀で斬られそうになったし、拳で殴られたこともあるから、平手打ちであるだけ、進展しているのかも知れないけど。)

「放して下さい! このド変態! 人でなし!」

と暴れ、左手の術式の接続を切断しようとしたので、私は仕方なく、

「私自身の安全確保の観点から貴女の自由を奪います」

と、宣言する。

予め用意しておいたシーツの断片で接続している私の左手と彼の英雄の右手を容易に解けないように縛り上げ、魔術で強化して強度も確保する。後は自由に動く左腕と鳩尾に蹴りを食らわせようと暴れる両脚をそれぞれ彼女の頭上方向と、ベッドの支柱に牽引する。案の定数本の小刀が飛来し、拘束を切断しようとするので、明後日の方向に魔術で吹き飛ばす。暫く抵抗が出来ないように、術式妨害を組み立て、少し乱暴にキスした口から術式を流し、発動させました。

(痛っ!)

キスをした時に、彼女に舌を咬まれました。

「私の血を飲むと鬼が移りますよ」

と、私は軽口を叩きました。

「鬼は遺伝的、生得的及び先天的特性です。だから血を飲んでも鬼は移りません。貴女が子を為せば、その子供には鬼としての特性が継承される可能性はあります」

と、彼女は反論する。確かにそれは医学的真実だ。

「そんな可能性、私にあり得ると思いますか? 男嫌い、男に触れられるだけで蕁麻疹が出る、寄ると触ると流血沙汰。そんな私が子作りに勤しむ可能性はほとんどありません。最も、貴女が私に卵子を提供して下さるのなら、意地でも研究して私の子供としてお腹を痛めて産む覚悟はありますけど。卵子、提供してくれるんですか?」

と、冗句を耳元で囁きました。

「全力でお断りします。このような下らない話をするために私を無理矢理表層(外側)に連れてきた訳では無いのでしょう」

彼女は不機嫌そうに答えました。

(実は80%以上本気なのだけど。)

と、私は内心独白するが、主目的である彼の英雄の治療を続行することとする。

「貴女を表層に連れてきた理由は、貴女の論理ロジックと対峙し、貴女の防御機構セキュリティの矛盾を明確化すること、そしてその矛盾の解消するために貴女自身の中核を為す信念と対峙し、彼の英雄の完膚なきまでに破壊されたパスの一つを修復し、ツリーの再生を試みること。ツリーが再生すれば、パスの暴走による損傷も、自動的に修復されます。しかし最初の手続きとして、取りあえず、私と恋人に為って下さい」

「嫌です!全力でお断りです。絶対あり得ません!」

あまりにも、力強い否定をしました。その言葉に私の心が少しだけ痛む。

(私の心が傷ついたらどうしてくれるのよ!)

と私は内心独白しながら、

「無意識内でもお伺いしましたが、それは何故ですか? 私以外に、恋人関係に為りたい方がいらっしゃるのですか?」

と、平静を装いながら質問する。彼女は、暫く押し黙った後、

「答える義務、あるのですか?」

と、突っぱねました。

「義務はないのですが、正直に答えてくれないと、治療が非人道的なものに為りかねません。貴女に恋人に為りたい方がいらっしゃるのに私が寝取ってしまうような真似はしたくありませんし、私が無理矢理恋人となると、新たな心的外傷トラウマを生成し、カナシミを生成する要因に為りかねません。だから、藪医者として可能な限り非人道的な治療を行なわない為に、正直に答えてくれないと、治療が進められません」

と、私は藪医者としての予め用意した模範解答を行う。そもそも精神潜航ダイブや彼女を愛撫することが非人道的な治療に他ならないが、彼の英雄の旅立ちと命が持つまでの時間が足りない。

「・・・・・・他に方法は無いのですか」

と、彼女は尋ねました。

「残念ながら。時間があれば、貴女に普通の人間として生きる経験をしていただき、その正常な過程で恋を経験し、恋人を作って戴くことも検討しましたが、今はその時間が一番不足しています。私が貴女の論理ロジックと対峙し、防御機構セキュリティを無効化するだけに留めると、貴女が恋を知る頃には、彼の英雄の身体が死んでいる。だからこれは全く以て緊急性の高い荒療治です。最初の質問に戻りますが、私と恋人になるのが嫌な理由は何故ですか? 他に恋人に為りたい相手が居るのですか? その方がいらっしゃるのなら、私は身を引き、その方をここに連れてきます」

彼の英雄はしばらく押し黙り、そして、

「・・・・・・答えたく、ありません」

と、答えました。

(本当に、この子は、頑固で苛立つわね!)

と内心怒りが込みあげる。そして私の血がほんの少し発火していく不快な感触に襲われた。

「ではこういうのは、如何でしょうか。貴女が意図的な沈黙、もしくは明らかに虚偽の回答を行う都度に、貴女の身体を愛撫します。今の貴女は、こういう理不尽が僅かながら全体としての彼の英雄の身体を維持することにも役立ちますから、私は粛々と治療を行います」

「其女はもう散々私を嬲りました。まだ続けるのですか?」

「それはそれ。彼の英雄の身体と精神に働きかけ、最低限の治療を行い、貴女を魔術式内に呼び寄せ、表層に出てきて貰うための手続きです。今回は貴女の精神に直接働きかけるための愛撫です。より多くの恥辱と理不尽とそれをもたらす存在に怒りを感じ、あくまで彼の英雄の身体は人の器に過ぎない事を自覚して下さい」

「貴女が私にセクハラしたいだけでしょう!」

と彼女は怒りを露わにする。

「ちなみに私の気紛れで時間制限と、回数制限があります。あまりにも治療に非協力的だと、問答無用で貴女を殺しますよ。やり方は貴女がお察しの通り。結果的に私を悦ばせるだけですがそれでも良いのですか?」

「・・・・・・そんな事、不可能です」

と彼女は目を逸らして否定するが、私は、

「不可能だと思いたいのでしょうが、女の子同士でも処女膜は破けますし、純潔を奪われたと感じさせる程度は容易です。私の指は長いですからね。それに貴女のように、ピーピーキャーキャー騒ぐ耳年増なら容易いものです」

「冗談じゃない!絶対殺します!」

彼女が恫喝するが、いまいち迫力が足りませんでした。

「貴女が抵抗して私を殺せる状態に為るのと、私が貴女の処女膜を破くのどちらが早いか競争してみます?一応私の術式は20秒程度は耐えられる設計にしています。まあ30秒もあれば、破るだけなら容易です。でもそれだと統合人格たる彼の英雄の精神は基盤を喪い、崩壊して、彼の英雄たる全体に心的外傷トラウマも負わせてしまいます。ただし、彼の英雄の身体は女の子の身体に関する凡そ考え得る最大の理不尽を経験することにより、彼の英雄の身体の死は一時的に食い止められる可能性が高い。30秒後に私はミンチになるかも知れませんが、それはそれで彼の英雄の身体的感覚の喪失という死に等しい状態から彼女を救うことには繋がります」

「・・・・・・貴女は、それで良いのですか」

と訊くが、私はその質問を無視する。

「貴女が正直に答えれば、貴女は彼の英雄に統合され、貴女を構成する思念は生き続けますし、彼の英雄も延命出来ます。パスの修復も可能になりますし、修復後に彼の英雄は旅に出て、その旅の目的を完遂する可能性も高まる。そして私とはもう一生涯逢わない。悪くない選択だと思いますけど」

と、私は取引を持ちかけました。

「この、人でなし!彼の英雄の使命を人質にとるなんて」

「事実なので、気にしません。とりあえず、キスしますから、その間に落ち着いて考えて下さい」

落ち着ける訳無いでしょう!と、反論しかけた口を私の唇で塞ぐ。そして彼の英雄の甘い唾液と、口腔内を味わう。舌先に、再度痛みを感じたので、右手で少し乱暴に乳房を揉み拉く。

実際のところ、私の魔力は、夜明けまでには枯渇する。大源から魔力を汲み上げることも出来なくはないが、精神潜航ダイブと同時に展開する器用さはない。彼の英雄の魔力を無理矢理吸収することも出来るが、それでは彼の英雄の身体に負荷をかける。それは旅の準備を整えている彼の英雄を妨害する事に他ならないので、可能な限り最小限に留めたい。まあ、キスをする程度なら、彼の英雄の魔力回復能力なら問題はないとは思うけれど。私はキスをしながら、少しだけ魔力の回復に努める。

やがて、彼の英雄はぐったりと大人しくなりました。


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