第四話(a)「エイレーネに迫る波」
オーキッド 聖国エイレーネ四方騎士の一人。魔法詠唱を省略し無詠唱で魔法を行使するなどといった天に恵まれた才能を持つ。しかし、無気力な上に面倒くさがり屋で部下や他の四方騎士も困らせている。戦場ではその場その場で状況を瞬時に理解して魔法を行使し、最低でも自分だけは助かろうと人力する。
… 夢幻山脈東側、エイレーネ地方。平原が広がり、幾つかの村や街が点在しており侵略的には容易な地形である。が、視野がかなり広い代わりに相手陣地にも兵法や陣形等を見破られやすいという利点があった。
先程の魔鋼石の通信を傍受してきたジェン・ヨウを最大限に警戒する為、四方騎士の内の三人を前衛にし、後方に一人配置。四方騎士の一人は衛生兵の一角を担っている為でもある。
ゲラルド将軍率いる第一師団、第二師団の混成陣。国の最強を誇る兵士達が兜の隙間から敵を目で殺さんとする。
紫閃の剣姫が率いる第三師団。馬での強襲を得意とする遊撃部隊でもあり、早さではどの師団にも勝る。しかし、剣姫である少女だけは馬に跨ることはしなかった。背丈が足りないからだという話は師団の中では禁忌中の禁忌とされているが、そこに愛しさを感じる兵士達もちらほら。
中衛を陣取るのは魔法兵士を中心とした第四師団。本来は第二師団を指揮する筈の魔導兵長が第四師団を率いている。かくいう魔導兵長の人物は上の空で虚ろな目で地面を見ており、今にも眠そうな所を他の兵士が支えている。
そして、後衛で負傷兵を救護するのが第五師団。衛生兵を主とし、テスティア教の信者達もそこに配置されていた(・・・・・・・)。衛生兵長である人物は的確な指示で部下達をそれぞれの師団に衛生兵を配置し、負傷兵を治す場所の敷設に勤しむ。
ゲラルド将軍が山を見張る中、近付く影が三つ。王冠を頭から外し、兜を被ったカイル。特注のガントレットで拳を打ち付けるアレク。眼鏡をクイッとして、腰に帯びた細剣を撫でるシグ。
「ゲラルド、首尾はどうだ。」
「依然変わりはしませぬ。が、件のスライムが我等に確執があるのは明らかですから攻めてくるのはスライムで間違いありませんな。」
「と、なると既に戦いは始まっているかもしれません。」
「?シグ、それはどういうこっ……。」
シグにアレクが聞き返そうとしたとき、第一、第二師団の中央より悲鳴が上がる。一人の兵士が尻もちを付いて足を震わせている。傍の兵士が大丈夫か、と声を上げるも。その兵士も同じ悲鳴を上げる。倒れた兵士の足にはウジュルウジュルと鎧を溶かし、皮膚まで沈み込むスライムが居た。それを引き金に前線の第一、第二師団の複数の場所でスライムの被害が発生した。
「スライムは熱と冷気に弱い!各自、炎と氷の魔法を駆使して討滅せよ!」
将軍の下ではある複数の中隊長が兵士達を鼓舞し対応する。と、前方を見ていた兵士達が接敵する魔物を叫ぶ。
「前方の丘よりヒュージスライムらしき巨大生物二体確認!」
そこから顕れたのか、小さな丘からどんどんと膨らみ始めたスライムが地面の草花を毟りながら軍へと前進し始めた。
「これはマズイな……。あの巨体が来たら軍は崩壊しかねないし、国が危うい。」
「中央に点在する核を討つには魔法で肉薄するしかない。オーキッド!いつまで空想に耽っているつもりだ!」
と、オーキッドと呼ばれた第四師団を率いる魔導兵長にゲラルドが大声で喝を入れる。空気の振動で気でも触れたようにハッとした表情をしてぼやぁっとヒュージスライムを見据える。
「……いやぁ、距離的に無理っしょ。第四師団の皆さんよ、肉薄しようと考えないで地面を角が立つよう起こしちゃいなぁ。(無詠唱)グラウンドライズ。」
魔法を放つために媒体となる杖を持たず、指先より黄色の光がオーキッドより放たれる。すると通過中のヒュージスライムの下から楕円に地面が突出し、スライムの半分を持ち上げた。核がある分を優先にスライムが進むのもあり、残り半分の身体は落ちないようにゆっくりと持ち上げていく。これを見た第三師団がここで動き出した。第四師団も遅れずに詠唱をして、バリケードのような土の山をヒュージスライムの進行方向へと展開していく。知能が皆無なスライムはバリケードを避けることなく邁進するので進行が鈍くなり、魔法兵士達の詠唱が間に合う。
「凍てつく矢を!アイスアロー!」「敵を貫く氷の槍を!アイスランス!」
第四師団の魔法兵士達が一斉に天へと大小様々な氷魔法を放ち、ヒュージスライムへと突き刺していく。痛覚がない故に突き刺さったままで此方へ向かう。が、バリケードにより足取りが遅い。そこを第三師団が騎馬で縦横無尽に走っていく。
「「輝ける刃を!サンダースラッシュ!!」」
抜剣と同時に詠唱し、刀身に雷魔法のオーラを纏わせヒュージスライムの横を薙いでいく。切り口から水と電気がぶつかり、肉が焼けるような音が響く。スライムの粘液状の身体であるが、殆どを水分が占めているので電気を通しやすい。更に、魔法兵士達が繰り出した氷の棘が作用して全体へと電気が行き渡る。
「隊長!」
韋駄天の如き速さで走り出した紫髪の少女がヒュージスライムよりも高く跳躍する。その手に携えるは限りなく刀身を薄くさせた板剣。上段の構えより、紫の雷がバチバチと板剣に纏われると、ヒュージスライムに向けて袈裟斬りを振るう。
「……ふっ。」
付着し焼ける粘液を払い落し、剣を柄へ納めてヒュージスライムに踵を返す。滑らかな切り口の間に真っ二つになった核が確認でき、ヒュージスライムはプルプルと震えながら地面に大量の粘液をばら撒いて消滅していった。
「報告!剣姫により、ヒュージスライム一体撃破!」
第一、第二師団が通常のスライムに対処している間に諜報によりヒュージスライム一体撃破の吉報が軍全体へと報告される。
「残り一体のヒュージスライムも次いで対処するんだ!第一、第二師団は前進し丘陵を越える!我に続けぇ!」
カイルが号令すると同時に第一、第二師団は前進を開始する。第三、第四で引き続きもう一体のヒュージスライムを同じ戦法で攻撃を開始する。
「!?全体止まれ!!」
ゲラルド将軍が事態の急変に気付き、行軍を止める。兵士たちがなんだなんだと気になる最中、山脈から此方へと土煙が迫ってくる。微かに見えるのは耳が長く、白髪を揺らしたエルフ達であった。
妖精樹林最奥に居る筈のダークエルフ達であった。その眼は狂気に満ち、得物もそこらにある石や木の枝等様々であった。そして、その先頭を切って走っているのは。
「アーッハッハッハ!スライムだけじゃ足りないでしょ!今度は私達が相手してやるよぉ!!」
巨大な鋏を分裂させ、双剣の形で持つリン・シューリンギアの姿があった。
四か月ぶりの更新です。お久しぶりの作者KANです。
何だかんだ過ごしていたら、魔女の一撃(急性腰痛症)を喰らいまして、横になるのも座っているのも立っているのも坐骨神経痛でしびれがきている今日です、ええ。それで更新が遅れているという訳ではないのでご安心を。
次の更新もなるたけ早くしていきたいです(切実)
では、次回のあとがきでお会いしましょう。