第三話(b)「VSローゼン」
ゲン・ガンの市場で競りの声よりも競り上がる人々の悲鳴が上がる。商人や都民が地面に血を流して転がる地獄絵図が形成され、それを眺める不気味な集団。手元には手を掛けたであろう錫杖やナイフを持ち、滴る液を振り払う。
「いいですよ、皆さん!続けて征伐をするのです!」
テスティア教を騙る神官らしき人物は両手を上げて高らか笑う。その隣に信徒とは違った衣装の人物が佇む。医者が羽織る白衣に黒々としたガスマスク。ローゼンの姿があった。
「……神官さん。」
「あはははは!何でしょう、ローゼン殿。今は与太話に付き合っている暇はないのですよ。これは正に聖戦!アーク大陸は今こそ全てを均して生まれ変わる時なのですよ!」
「あちらをご覧になっても高笑いが出来ます?」
「はぇ?」
ローゼンが指す方を見ると、民を襲わんとしている信徒達が次々と薙ぎ倒され、土煙を巻きながらローゼン達に向かってきている。神官はたじろぎ、ローゼンよりも後ろへと下がる。
「ま、まさか私達がここにいることがバレていたのですか!」
「いえ……恐らくなのですが、彼だからと考えるしかないですねぇ。」
ガスマスク越しにも声音に伝わる高揚が隠せていない。神官はそこで嬉しそうにしているローゼンに疑問符を浮かべる。
「ローゼン!」
石畳を砕きながらローゼン達の前に現れたのは、魔鋼の紫色が鈍く光を反射する魔導機械に身を包んだアレソンと既に魔法を発動して筋骨隆々となっているバーテンダー服のローパーであった。
「お久しぶりですね、アレソン。それと……、どこかでお会いしました?」
「てめぇに名乗るつもりは毛頭ねぇ!首謀者らしきお前らをとっちめて他のとこもぶっ潰しにいくからよ!」
「くぅ、あの者はギルド局員のローパー!我等の聖典に刃向かう愚か者!」
「ほほぅ、信者さんというわけですね。しかし、神官さんもお人が悪い。何故このような人物がいたことをお教えてくれなかったのですか。」
「ローゼン殿に教える必要もない程の些事だった故、ジル導師もそこに情報を割く必要はないと仰っておりましたので。」
「ほぅほぅ……。実験材料たる必要がなかった、と。分かりました!ではあなたで実験りましょう!」
「ほ?」
後ろに下がっていた神官へローゼンが関節が外れる音を鳴らしながら両手で神官の横腹を掴み、十指を食い込ませる。ブスリと肉に大きな針が刺さる音が響く。
「あがっ!な、なにを……おおおお?おおオオぉおオオオ!?」
「特別な筋肉注射を施しました。さぁ、試しましょう!私の薬効の成果を!!」
「お、おい。あいつ今なにやったんだ?」
「あいつの悪癖が出たな……機械とか生物なんてお構いなしに自分で配合したモノを与えて悦に浸るとんでも癖が。」
「とんでもねぇやつがいたもんだなぁ……あんた、あいつが上司みたいなもんなんだろ?どうして、向こうにいんだ。」
「それは俺にも分かりかねる。が、いつもより上機嫌なのは間違いない。くるぞ!」
目を離した隙に筋肉で肥大化した神官が距離を詰めてローパーへ人の頭程の拳でローパーを殴りつけ後方へ遥か飛ばす。寸での所で両腕でガードをしたことで大したダメージを受けてはいないが、幾つかの建物を巻き込み、土埃が舞い上がる。横を取られたアレソンには凪ぐような横蹴りをぶつける。身に着けた機械で受け流し、片手を神官へと向ける。
「迫撃!」
激しい轟音と爆風がアレソンの片手から撃ち出され、神官もローパー同様に吹き飛ばされ、建物にぶつかる。アレソンの片腕が軋み、機械からも煙と火花が出ている。苦痛を耐える声が洩れる。
「おお、魔鋼を細かく砕いた物を密閉された空間から瞬時に火を点けての衝撃波ですか!まぁ、私と共に発明していたもので廃棄していたものなのですが、実用化出来るように調整していたとは……流石ですね。私の助手。」
「言ってろ!エレボスを間接的にでも妨害したことは重罪だ!ここで大人しく掴まってくれれば王が罪を軽くしてくれるぞ!」
「すみません、アレソン。その警告は聞けません。」
十指から数滴の液体を垂らしつつ両手を広げ、ガスマスク越しに目を細める。瞳孔は紅く染まり、オーラが目の周りを覆っている。ヤマルが嘗て重鎮達に見えていた紅い澱みが深刻化した状態とも取れ、ローゼンの狂気じみた言動と上機嫌さが拍車を掛けている意味が理解できたアレソン。
「はっきりと言ってあなたを殺したくはないのですよ。私の実験に付き合える唯一の助手でもあるのですから!」
人並の走り方で迫るローゼン。だが、彼は足が異様に長い為に一歩が早い為、アレソンまで辿り着くのも早い。交差した両手でクロスしたかと思えば、曲線を描いてアレソンの後方から手が迫る。
「改造してるのはいつも通りだな!」
後ろから攻撃される事を警戒してか、背中の機体から鋭利な刃と魔鋼で出来た丈夫な棒が出鱈目に突き出た。指は寸でで刃や棒に遮られてアレソンの皮膚を突き破ることはなかった。攻撃を防御したと同時にローゼンの懐に潜り、迫撃を撃っていない別の手をピタッと付ける。付けた手から光が洩れ始め。
「迫撃!」
言葉のトリガーと共に激しい衝撃波を直にローゼンへとぶつける。が、肥大化した神官を吹き飛ばす程の威力を持つ筈が、ある程度後ずさる程度で収まったのだ。手を付けた部分は焼き焦げローゼンの白衣の内側の皮膚が露見する。
「くそ……魔鋼合繊維ぎちぎちに縫い付けてやがる……。」
ハイプラントの植物特有の繊維と魔鋼を合成した繊維。打撃等の衝撃を緩和する程度だが、あの威力を抑え込むには幾重に編み込む必要がある。そこをローゼンは皮膚に古い皮膚の下の真皮等に何重にも縫い込んでいた。外側の繊維はほつれているが、内臓にまでは到達していないようだ。
「ふふふ……いいですよ!この衝撃すらも緩和するほどの繊維の耐久力!何れこれが全ての人に渡れば……。おっと。」
ガスマスクが少しずれたので修正するため手を置く。その隙をアレソンが突き、ガスマスクを膝で打ち上げる。流石のローゼンも後方へと頭を傾倒するが両手を下から振り上げる。機体に指が触れて火花を散らす。ブリッジの状態になるが、手首を起点に回転して足払いを掛ける。応戦するようにアレソンも足をぶつける。すると、ぶつかり合ったふくらはぎ辺りから火花が散り、爆発が起きる。ローゼンも同様にアレソンが仕込んでいた物を生身に組み込んでいたようだ。苦悶の表情を浮かべるアレソンと平然とするローゼン。一度距離を取ったアレソン。片足の機械は破損し、生身から血を流している。
「ダメですよアレソン。身に着けた部位には予め予備の魔鋼を仕込んでいませんと。」
ブリッジをしながらも首をアレソンにぐりんと向ける。身体があらぬ方向に曲がりながらも立ち上がり、爆発した片足をゴリゴリっと動かして機能するように無理矢理治す。最早人は思えない動きをしながらもアレソンに注意するローゼンはまだ余裕がありそうだ。機械を身に着けながら肩で息をし始めたアレソンは危機感を覚える。