人道
どこに向かっているのだろうか。ひたすらに人々が行列を作っている。道はどこまでも続いているように思え、皆が歩いているのだからまぁ、私も歩いていた。
辺りは真っ暗で、真ん前で爛々と光る夕陽は道しか照らし出さなかった。
すぐ前を歩いている女がいる。
着物を着て、 巾着を下げている。赤い襟からは真白いうなじが伸びており、じんわりと汗が滲んでいる。
溜まって大きな雫になった汗が、うなじを伝い襟の中へと入っていく。
それでも疲れた様子等一切見せずに歩いていく。女が気になり、ずっとその後ろをついていった。
カツカツと下駄の擦れる音を追って、随分と遠くまで歩いてきたが、道はまだまだ続いている。
身体中から汗が吹き出し、歩いているだけだというのに息が上がってきている。脚もなんだかもつれてきた。
女は最初と全く歩幅を変えずに淡々と歩いていく。周りの人々も足並みを揃え、軍隊の行進でも見ているような気分になった。
それでも女に追いつきたくて、足を動かす。
千鳥足で手を伸ばしても、女の背は遠くなるばかり。
かなり差がついたと思った時、ふと周囲に人が居なくてなっていることに気づいた。
そうして、女がゆっくり振り返った。
赤々と思える夕日を背に、真っ黒い女のシルエットが浮かび上がる。女がニンマリと嗤う。
影の中、女の白い歯だけがくっきりと見える。
「辛いと思うけれど、皆頑張っているのです。だから、貴方も頑張らなきゃいけないのですよ」
全身の筋肉が湧き上がる。後から何者かに突き押されたかのように女に向かって走り出した。
着物襟を掴みあげ、思いっきりぶん殴った。
視界が真っ赤になって、至近距離だというのに女の顔すらしかと見ることが出来なかった。倒れた女に馬乗りになり、右の拳と左の拳で交互に殴りつけた。
腹の底から力が湧いてきて、拳に浮かぶ痛みさえかき消していく。
腕が上がらなくなるまで疲れきると、咆哮した。
「ふざけるな、私はそんな事などしたくはない!」
周囲がざわめき、視線を下に戻す。いつの間にか人々が戻ってきており、私を指さしながら小さく囁き合う。
足元には女の真っ赤な着物が夕陽に照らされ、爛々と私の目を焼いた。
ぐったりと動かなくなった女は、それでもなお嗤っていた。