光放つあなたのおとぎ話
私は、光に負けたのだろう――
女性の苦しむ声が聞こえる。 泣かせてはいけないと思った。 だから頑張った。
そんなことがあったとしたら、選択を誤ったと思う。
「エセリア様が王位継承権を捨てた……第一王女も行方知らずだ」
「となると次の女王の最有力は……ありえない。 国が穢れる。 なんとかせねば――」
☆
彼女が今も持つ最初の記憶……巨大な姿見の前に立つ自分の姿。 長い金色の髪と切れ長の青い双眸……彼女たちだけに与えられたもの。 王冠とも呼ばれる、まさに選ばれしものの勲章だったが、彼女の毛先は、濁ったような銀色をしていた。
「へん、ここ、変だよ」
ルイ=ネーヴァ=メセトニア。 物を知らない第三王女、四歳。
後ろから体がそっと抱きしめられる。 髪を摘まむ手を、温かい両手が包み込む。
「これはね、あなたがとっても頑張って生まれてきた証なんだよ」「証?」「そう。 でも、これはそっと秘めておこうね」「皆が変な目で見るから?」「……」
さく。 小気味のいい音を立てながら、銀色の髪の部分だけが落ちていく。
「あなたは、とっても強い子なのよ、ルイ」
ルイは顔を真上に向けてルイを抱きしめる少女の顔を見上げた。 彼女はにこっと笑い、ルイもまた、ニッコリ笑った。 よく分からなかったが、この表情が好きだった。
そんな顔をしてくれるのは、彼女だけだった。 ただ一人の家族、エセリア。 母親の顔はあまり見たことがなかった。 ルイは周りから愛されなかった。
その理由は、五歳のときに知った。
静寂が続いたと思ったら、囁きが何重にも合わさり、巨大な怪物となってルイを責め立てる。 すり鉢状の闘技場の真ん中で立ちすくむルイの脚が震える。 両手を見下ろしても、それは震えているだけで、光をもたらしたりはしなかった。
王女たちが五歳を迎える度に執り行われる儀礼の最中に、事は起きた。
儀礼の内容は、王女が、王女のみに与えられる光の奇跡を観客席にいる大衆にお披露目するものだ。 国民の士気を上げる、伝統ある儀礼であった。
ルイは、そこで失敗をしてしまった。 奇跡は起きなかった。 光は現れなかった。
彼女は本気で祈った。 不純な気持ちもなかった。 だが、彼女は歴史上で初めての失敗者となってしまった。 そして、動転した彼女は“全く別の邪悪な力”を顕してしまう。
観客は貴賓席の現女王を意識して声を荒げなかった。 だが、内心で膨れあがりルイを責める感情は、化け物そのものだった。 見開いた目は、どんどん朧に霞んでいく。 膝から崩れ落ちたルイを、駆け寄って来たエセリアが隠すように抱きしめる。 ルイは、そこで真実を知った。
某日未明。 ルイが生まれる直前のことだった。 王宮の上空に、強大な闇が出現した。
魔王の祈祷を受け、唆された闇の至高神が、その指先で、女王、そして彼女の胎内にいるルイへの接触を試みたのだ。 王宮は全ての祈祷師や魔法使い、騎士たちを総動員し、他の至高神への祈祷や魔法を以って接触を押し返した。 その攻防は三日三晩続き、やがてルイが生まれた。 闇との攻防は、ある程度の成功と、相応の失敗を伴った。
母親の身体は無事だった。 だが、生まれてくる子どもはわずかにだが闇と接触していた。 ルイが儀式の日に大衆の目の前で見せてしまったのが、接触した際に身体に入り込んだその闇の力だった。
闇の襲撃に関しては厳重な緘口令が敷かれ、王宮の外に事件のことが漏れることはなかった。 事情を知るものは、皆ルイを遠回しに気味悪がった。 闇が移る、奴は化け物になると。 実の母親である女王でさえ、ルイが神聖な場に来ることを禁じた。
王宮の中に小さな居場所が与えられた少女は、あの儀礼の日から、その居場所すら失ってしまった。 王宮の内外では彼女を出来損ない、化け物だと罵倒する声が広まった。
女王が腹を痛めた甲斐がなかったと。
光の神装を持たない王族など、生まれた意味がないのだ。
ルイは女王の庇護からも完全にあぶれてしまう。 そのせいで、侍女にさえタチの悪い嫌がらせを受け、そしてそれを咎めるものも、ルイを守るものもいなくなった。
たった一人を除いて。 第二王女のエセリアだけは、いつもルイを守ってくれた。
しかし、その度にルイへの反発は強まったので告げ口の回数は減っていった。 周囲からの負の感情は、それを認識できるようになったルイの無垢な感情を、確実に蝕んでいた。
エセリアも年を重ね、次代の女王として王宮を離れることが増えた。 彼女は誰からも愛されていた。 自室の部屋の窓から、皆に手を振られて街へと降りていくエセリアを何度も見た。
エセリアはそんな多忙の時間の中で出来る限りルイと一緒にいる時間を作った。
古の英雄たちの物語を寝る前に諳ずるように、彼女は何度もルイの前で同じ話をした。
「ルイ。 この世界は、とっても素晴らしいの。 愛が溢れているのよ。 みんながみんな、心に愛を宿してる。 ルイ、あなたのことを、誰よりも愛してる。 そんな気持ちが世界を優しくするんだよ。 気付いてない人も、悪い感情に流されちゃう人もいっぱいいるけど、世界は、もっともっと優しくなれる。 あなたにも、愛を守る人になってほしい。 そうしたらもっと、あなたは光に包まれる」
エセリアは寝る前にいつも欠かさずそのことを言った。 この世界は愛に満ちていると。
ルイはそんな優しい言葉で撫ぜられながら、目を閉じるのだ。
しかし、瞼の奥は薄暗くて、ルイには、エセリアの話こそ遠い昔のおとぎ話に思えて、仕方がなかった。
エセリアのいない王宮は地獄だった。 部屋から出ようものなら吐きそうになる。
だがそうせねば食事が向こうから来ることなどなかった。
六歳の春の頃である。
中庭で、ルイは数人の侍女にからかわれていた。 ぼさぼさの金髪を笑われた。 徒党を組んで突き飛ばされたり、髪を引っ張られたり。 通りかかった衛兵は一瞬声を荒げかけたが、その金髪がルイのものだと分かると鼻を鳴らして歩き去った。 そのとき初めて、ルイが溜めに溜めた感情が、昂り、尖り、そして体を突き動かしてしまった。
「やめてよッッ!!!!」
ルイは一人の侍女を逆に突き飛ばした。 自分でも制御の利かないほどの力が少女を押しつけ、少女は体勢を崩しながら地面に頭から転げてしまう。 少女はわんわんと大声を上げて泣き叫んだ。 地面にあった大きな石に額をぶつけ、血を流していた。
荒い呼吸が何度も肩を上下させる。 他の侍女たちが被害者面をする少女の元へ集まる。
大声で人を呼び始める。 ルイは、恐る恐る自分の右手を見た。
内側から溢れる闇が、ルイの指先を黒く染め始めていた。 さらに、指から手のひらへ。
「はッ……!!」
ルイは恐ろしくなって走り出した。 目的地などなく、王宮をひたすらに逃げ回る。
闇は振り払われることなく、ルイの手にこびりついていた。 立ち止まり、辺りを見渡す。 訓練を終えた騎士たちが見えた。 ルイは両手を背中に隠し、辺りを何度も見渡して人気のない道を走る。
大きな姿見があった。 装飾品として置かれていたが、ガラス面は凛として澄みきり、ルイの姿を明確に映している。
彼女の“オレンジ色に輝く瞳”は、殺意を滾らせるようにギラギラとそこにある。
「……やだッ!! いやだッ!!」
ルイはへたりこみそうになるのを必死に堪えながら、自室へと走った。
☆
「ルイ!!」
その日、ルイはエセリアに怒鳴られた。 両肩を揺さぶる手の先に伸びるきめ細やかな爪を、初めて痛いと感じた。 ルイは、彼女が突き飛ばした少女よろしく、むせび泣く。
「あなたは、一体、何てことをしたの!!」
怒ったエセリアの恐ろしを知らなかった。 だから余計に涙は止まらない。
「違うよ! 私は悪くはないもん!!」
ルイは何度も首を振って訴えた。 卑劣な侍女たちの行為を告白した。 それでもエセリアはルイの暴力を咎めた。
「ルイ! 聞きなさい!! 絶対に、やり返してはいけない! それは私が――」
「私、私……アイツらが悪いんだよ! だっていつも悪いことをしてくるのはアイツらだもん! ……ッく、私、悪くないも……うあああああ」
どうして姉は向こうの肩を持つのだろう、アイツらが悪いのに。 途方もない淋しさに、ルイはひたすらに泣きじゃくった。
「お姉ちゃん、私を守ってよぉ! 酷いよぉ、どうして私の味方をしてくれないの……私が嫌なことをされてるときも助けてくれなかった……私はイジメられてるだけなのに! 守ってよ、守ってよお姉ちゃん……皆が悪いんだ、お姉ちゃんなんて嫌いだよ!」
喚くルイが出鱈目に作り出した言葉は、エセリアが日頃どれだけ親身にルイを庇護したかも無視して、エセリアに真っすぐ突き刺さった。
エセリアの両目から、一筋の雫が滑り落ちる。 エセリアは唇を引き結ぶと、ルイを力強く抱きしめた。 ゆっくりと、諭す。
「……ごめんね……ごめんね。 守れなくてごめんね。 でもね、ルイ……悪意で人を傷つけちゃいけないんだよ。 分かるよ。 イヤだったね、そのとき一緒にいてあげられたらよかったね。 ……それでも、あなたには、優しく生きていて欲しいの……たとえ運命が険しくても……いえ、だからこそ、道を踏み外してほしくないんだよ。 私が守るから」
ルイはその日、ずっと泣いていた。 寝不足の瞳で公務へ向かうエセリアを見送ったときに罪悪感は芽生えたが、それでも淋しかった。
この人は、ルイ=ネーヴァ=メセトニアの味方ではなく、ただ弱きものを助けていただけなのではないかと。 だから責められたのだと。 どんなときでも、自分の味方でいてくれると思っていたルイには、それが大きな悲哀と寂寥を伴った。
夕刻、ルイはエセリアと共に突き飛ばした少女に謝りに行った。 エセリアは、片膝をついて、深く謝罪の意を示した。 王族がそんなことをして、許さない人間などいなかった。 少女の額の傷は、エセリアが施した奇跡のお陰で影も形もなかった。
「いいですよ……どうせ、ガキの喧嘩ですし」
少女の兄の騎士見習いが、不貞腐れた顔で謝罪を受け入れた。 その口ぶりは明らかに不敬に当たったが、エセリアは咎めない。 彼の名は、ショウドウと言った。
その後駆け付けた両親が、発狂しながらエセリアに顔を上げさせていた。
ショウドウとルイの視線は強くぶつかりながらも、絡まることはなかった。
九歳になった。 ルイは宮殿の巨大な庭で行われる衛兵の訓練の様子を陰で眺め、そのメニューを真似するようになった。 模擬剣のせいで手のひらに出来たマメを見て、エセリアは不安そうな顔を浮かべた。 彼女は、ルイに戦闘訓練をさせたくないようだった。
ルイは、そこから一年が経つころには、衛兵たちの一日の訓練メニューを完璧にこなし、それ以上のものを求めるようになっていた。
ほどなくして、ルイは雷の至高神と繋がった。 彼女は己を磨き続ける。 直接的な迫害は、彼女が強くなっていくにつれ、陰気なものへと変わっていった。
彼女は己を磨き続ける。 エセリアは変わらずルイの味方だった。 心が折れそうなときは大抵側にいてくれた。 ルイにとって、エセリアは誰よりも大切な人だった。
それでも、ルイの心は、エセリアから離れていった。
「……」
王宮の外れで、エセリアを見かけた。
ルイに向けるのと同じ笑顔で双子の少女と話していた。 どちらも銀の長髪で、一人は鋭い目をしてエセリアから妹を守る立ち位置だ。 もう一人はエセリアと同じウェーブがかった髪で、姉の後ろに隠れている。
エーアイと、サンティと言ったか。 彼女たちも、ルイが生まれた三年後に闇の至高神の接触を受け、深く侵されてしまったようだった。 どんな扱いを受けているかは自明だ。
エセリアは、ルイと同じように彼女たちに接していた。
……そんな、ときとか。
「あなたは、とっても強い子なの」「そうなの?」
「ええ、あなたは、天上の神すら振り払った、とっても強い子」「……ふーん」
エセリアの柔らかい体に顔を埋めて寝ているときに彼女が口ずさむ、
「ねぇ、ルイ。 この世界は、沢山の愛に満ちているんだよ」
戯言を聞いたとき、とか。 思ってしまうのだ。
あなたは私の味方ではない、と。 あなたは私を愛してなどいない、と。
ただ、悲しんでいる人を助けたいだけの、偽善者だ。 私がこんなではなかったら、あなたは私の側にいようともしないはずだ。 そして、あなたは強い光を与えられたから。
自身が光を放つから、全てが明るく見えてるんだ。 それを私に押し付けてくるのが、不快でたまらない。 あなたがいなければ、実際は、真っ暗だ。 愛など、こんな世界には存在しないんだ。 光に魅せられて、へつらい、縋り、蛾のように集る不気味な連中も、まやかしの光を放ちおとぎ話を語るあなたも……私は、大嫌いだ。 そう、思う。
一二歳の春。 ルイが髪を結っていたときだ。 王宮が揺れた。 蒼天を貫きながら、小さな白き流星が、王宮の中庭に墜落してきたのだ。 野次馬たちもまさか、煙の中から少女が出てくるとは思わなかっただろう。 ルイもその一人だった。
隣に立っていたエセリアと、気が付いたら手を繋いでいた。 少女も驚いていた。 見慣れない制服に、ウサギの耳のような奇妙なリボン。 流れる黒髪は手で透きたくなる透明感で、灰色に水色のインクを垂らした色の瞳も、心の奥まで透けてしまうのでは思うほどの無垢さであった。
異国の匂いのする、不思議な少女だった。 群衆がざわつく。 少女の周りで、金色の光がキラキラと輝いていた。 それは、その謎の少女が、光の至高神の庇護下にあることを語っていた。 群衆は湧いた。 極圏からの襲撃が続く今、白き流星から姿を現した彼女を、光の至高神が遣わした救世主だと、エセリアと同じ、聖女だと、群衆は手放しに期待と称賛を送った。
少女の名前は、ナナセと言った。 彼女は後に、自分が異世界から来たと語る。
少女は、野蛮に騒ぐ住民を見て怯えていた。 エセリアはそれに気づき、「ちょっと待っててね」ルイの頭を撫でてから少女の元へと小走りで向かう。
繋いだ手が、解ける。 エセリアが行ってしまう。 ルイを置いて、誰もが賛美する偽りの光の元へ。
群衆の一人と目が合った。 彼の蔑む目は言っていた。 姉は光に選ばれた偉大なお方なのに、お前ときたら、と。 ルイは拳を握り締めた。 エセリアは戻ってこない。 人間の悪意も、そんな連中の中で賛美を受け続ける姉も、全てが許せなかった。
「……? ルイ?」
エセリアが辺りを見渡した時、ルイの姿はどこにもなかった。
☆
「何を言っている。 お前には、王となり、迷える民たちを導く責務があるんだぞ」
「ええ、私の責務は、迷える民たちを幸福な未来へ導くこと。 王になることじゃない。 あなたには有能な子どもが大勢います。 私は、それでも零れ落ちる悲しみを仕方ないものとして終わらせたくない」
玉座の間、諸侯や領主が王と謁見する場。 中央を巨大な赤い絨毯が横切り、いくつもの巨大で華美な石柱が王へと続く道の側に立ち並ぶ。
高い天井を見れば、ステンドグラスが淡い光を暗い玉座の間に落としていた。 外では雨が降り注ぎ、時折青白い閃光が空で轟いている。 ルイは石柱の影から玉座に腰かける母とそれを見上げるエセリアをこっそりと覗いていた。 エセリアが威圧を込めて言う。
「私は王位継承権を捨てます。 ルイを連れて、明日にでも出て行きます」
「お前は手綱の引けない奴だ。 どうせ気は変わるまい。 ……だが、あの娘を連れだすことは、絶対に許さん」「……何故ですか」
夏の宵だというのに、肌を刺すような寒気がルイの身体を貫いた。
腕を擦りながら、殺気を放つ二人の言葉を待つ。 雨の音がうるさい。
「あの娘は出来損ないだ。 いうなれば国の恥…あの娘に王宮の外を歩かすなど、許されない。 この国は光の至高神の御許で隆盛を得た。 光の加護のないものなど、クズだ」
「なんですって」
胸がトクンと鳴った。 実の母親の言葉は、最も鋭い刃であった。
人一倍大きな雷が、激しい光と音を放つ。 小さな悲鳴が轟音に飲み込まれ、しゃがみこんだルイに追い打ちをかけるように雷の音は重なる。
エセリアと皇帝が何か言葉を交わしているが、聞こえない。 次に聞こえたのは、
「あの娘は、“私たち”とは違う。 この国を穢すものだ」
何かが切れたような音がした。 エセリアとルイを繋ぐ、縁のようなものが、雷に焼き切れる音だったのだろうか。 あるいは、張り詰めていたものが、切れた音。 腹の底が冷えるような感覚。 瞬きができない。 強張る体が、ゆっくりと、皇帝と第二王女の前に姿を現そうとしていた。 エセリアが驚き、一歩前に出た。
「っ!! ルイ……!!」
ルイは、胸に手を当てながら、力強く言う。
「いいよ、姉さんは行ってよ。 私は……私はここに残ります」
「私たちに、近づくな」
知らず踏み出していた一歩を諫める鋭い警告に、髪の先まで凍りついた気がした。
視界の焦点が上手く合わない。
「誰がこの場に貴様が来ることを許可したんだ? 貴様がこの国のために出来ることは、部屋に閉じこもっていることだと言ったはずだが。 闇を身ごもった醜女にうろつかれては品位が落ちるだろう」
ルイの視線が、赤い絨毯に落ちる。 何の素材でできているのだろう、きっと、自分なぞが踏みしめていいものではないのかもしれない。
拳が震わす感情が、もう分からなかった。 失礼しました、そう口にするのがやっとだった。 ルイは振り返って、逃げるように玉座の間を抜け出した。
「ルイ、待って!!」
エセリアの靴音がした。 屋内なのに、ルイの腕に雫が当たった。
ルイは中庭に飛び出した。 秒を読む前に全身は水浸しになった。 エセリアはそれでも雨の中を追いかけてきた。
「待って!!」「離してよ!!」
手首を掴んだエセリアを力強く振り払う。 瞬間、開いた二人の間に、青白い落雷が別つような一撃を落とした。 土が舞い上がり、轟音とともに二人は真反対に尻餅をついた。
エセリアは泥まみれの服ですぐに起き上がる。
「来ないで!!!!」
ルイは大声でエセリアを制し、もたもたと立ち上がる。
「行けば……行けばいい……!! どこにでも行ったらいいじゃない! 私みたいに悲しんでる奴がいるんでしょ!? 行けばいい!! いつまでも私に構わなくていいよ!! 助けに行けばいい! 行ってよ!!」
「ルイ、私は……」
「そこらで悲しんでる奴と同じなんでしょ、私は!! 姉さんは私のことなんて愛してない! 私がこんな醜く生まれなかったら、関わることもしなかったくせに!!」
エセリアの目が見開かれる。 飼い主に捨てられた犬のような顔をする彼女に、ルイは自分が言い放った言葉の残酷さを知った。 伸ばしたものの、半ばで止まったエセリアの手が、震えていた。 だが、ルイは止まれなかった。 心に溜まり続けた邪悪が、エセリア以外に向けなければいけないものを引っ掻けて膨らんでいく。
「違うわ、違うでしょう。 あなたのことは」
「もういいわ。 もうたくさんよ! どこにでも行ってよ!! 姉さんの……あなたの助けはいらない!! 私は一人で生きていける!」
「ルイ!!」
エセリアは一歩踏み出そうとするが、蒼白の閃光が再び二人の間に鉄槌を落とす。
腕で顔を覆いながら、エセリアは隙間から遥か高くでうねる光を見上げた。
稲妻が荒れ狂い、再び、地上へ這いよって来る。 今度は、エセリアの真上だった。
「ッ……何故邪魔をなさるのですか……!!」
エセリアが祝詞を唱え、その体が黄金色の光に覆われる。 その体がまばゆい純白のドレスに覆われた直後、雷がエセリアに落ちる。 両腕に防がれると、雷は枝分かれして地面のあちこちに吸い込まれていった。
ルイは叫んだ。
「あなたみたいな偽善者、大嫌いだ!! 何が、この世界には愛が満ちているよ! この世界のどこにそんなものがあるの!? あなたがそんなことを言えるのは、あなたが光を与えられたからでしょう!」
ルイはエセリアに纏わりつくこの世ならざる美しい戦闘衣を指差す。 天上から降り立った装束は、それ自体が淡い光を放っていた。 エセリアは目を伏せながら、自分の纏うものを見下ろした。
「私は知ってる! この世界にいる奴らは、傲慢で、自分勝手で、冷酷だし、残忍だし、他人をいたぶることが大好きで、他人を貶めることが大好きで、私を化け物って!! 違う! 化け物はお前たちだ!! そんな奴らから祝福されて、この世に愛があるなんていうあなたが、大嫌い!! 自分の妹だって愛していないくせに、愛なんてあるわけない!」
「いい加減にしなさい! そんなことないわ!!」
力強く踏み出すが、ルイも同じように一歩引いた。 二人の距離は縮まらない。
「のうのうとそんなことが言えるあなたが憎い!! もう、あなたの助けはいらない!」
黒雲が青く煌めく。 ルイが右手を横合いに伸ばすと、手のひらに向けて一筋の蒼雷が落ちた。 ルイが手を握り締めると、高速で落ちてきた閃光が丁度その隙間に入り込んだ。
青の力が全身に一瞬で行き渡り、軍服のような青い戦闘衣と黒の刀身をした剣が即座に顕現する。
「そんな……いつの間に神装を……!!」
「私は戦う……私を拒み、私を襲う全てと!! 来るなら来い……全部、ぶっ壊してやる!! 私は一人で戦う、一人で生きれる!! あなたなんかいらない!! どこかへ行ってよ!!」
エセリアの目から、涙が零れたように見えた。 ルイは、それを認めなかった。