影が、近づいてくる
今回は話の都合により短いですー!!
夜更け。
街道沿いの大きな岩陰に、とある冒険者たち。 珍妙な制服に身を包む少女はエルフの女性の膝の上で猫のように丸まり、頭から生えるウサギ耳の髪飾りの隙間をエルフの女性が撫でている。
フードを目深に被った少年が焚き火の世話から目を反らして聞いた。
「ナナセは?」
「御覧の通りよ」
「相変わらず寝るのが早いなぁ。 夜を知らないんじゃないの」
「カナタ、あなたが遅すぎるんじゃなくて」
少年の背後から大きな影がヌッと現れる。
大量の薪を背負った巨躯の男、ショウドウ。
「ここ最近ゴブリンどもが多すぎる。 森に入れば足跡だらけだ。 どうなってる」
不機嫌そうにショウドウは音を立てて座り込む。 その動作だけで地面が揺れそうだ。
「嫌な空気ね。 北に不浄が立ち込めてる。 騎士団の試験、何もないといいけれど……」
エルフのラフィアナが遠くの巨大な森を見据えて不安を訴える。 黒い鳥が遠くで鳴きながらエシュナケーアの方角へ消えていき、草原は風を受けて夜の密談に耽っている。
「不安なことと言えば森の中で冒険者どもが若い騎士団の子たちに手を付けないかでしょ」
カナタが口元を曲げて言う。
そんな冒険者一党のいつもの会話の途中に、今日は妙な来客があった。
「夜分に失礼します。 炎の十二志士を征伐したかのご高名な聖女様の一行に、急ぎ依頼したいことがありまして……」
「あなた、エルフ?」
ラフィアナが尖った耳を小さく動かしながら尋ねる。 黒いローブに身を包む影のような存在は、ほとんど夜の闇に紛れながら続ける。
「そう構えないでください。 姿を見せれなくて申し訳ないですが、何分こちらも事情がありまして。 なに、天上の方の御心にに背くようなことは頼みません。 ギルドから正式に認められた、言葉無きものの討伐ですよ」
「依頼書を見せろ」
ショウドウの強い語気に怯む様子もなく、影が笑った気配がした。 どこからか風に流れてきた羊皮紙がショウドウの側にふわりと舞い込む。
「……オーク一匹の討伐だ? ご高名な聖女様の一行だなんたと言っておいて随分と易い依頼だな」
「ただのオークではございません。 かのエセリア=ネーヴァ=メセトニアを陥れ、国の未来を傾けた、最悪の一匹ですよ」
空気が強張る。 彼らにとって、その言葉無きものというのは身近な存在だった。
「醜き第三王女が己の権利を傲慢に振りかざして処刑を止めたようですが、先日、一人の少年が件のオークに殺されかけました。 そこで依頼したところ、冒険者ギルドはあんな穢れた王女の権力よりも、この悪しきオークを排除することに踏み切ったようですよ」
ショウドウは羊皮紙を見下ろす。 ギルドの承認印が、大きく打ち込まれていた。
「へえ。 賢明な判断じゃん」
カナタが不敵に笑い、埋もれた袖から黒塗りの杖を取り出した。
「ようやく正体を現したか、あの豚が。 いや……最初からか」
「エセリア様も……オークを飼い慣らそうなんて、失態を演じたわね」
ショウドウもラフィアナも好戦的な目で体に力を入れる。
「ナナセは連れて行かないんでしょ」
「ゴブリンに同情するような子よ。 いい子だけれど、正義の執行には邪魔だわ」
そう言って、ラフィアナはナナセの頭を撫でる。 影が、嗤う。
「報酬は弾ませますよ。 それでは皆様ご健闘を。 確実に、あの豚を始末してください――」