満ちる時
ロザリアはゆっくりと起き上がった。
全く光の入らない室内は薄暗いものの、彼女にとっては何も問題はない。
カーテンの隙間からも光が入らないのを確認したあと、メイドは音も無くそれを片方に纏めて月の光を入れ、窓を開け放つ。
夜の帳が下りた城下にはあるべき光が点々とある。
「今日は出かけるわ。支度を」
ベッドから体を起こし、端に座っただけでメイドは分かっていたように漆黒に近い藍色の肌を露出させないドレスを用意した。
袖と首を覆う部分にはレースを、腰から足爪先が漸く出る程に長いスカート部分にはシフォンのような素材を重ねてある。
それを見たロザリアが立ち上がるのを見てナイトドレスを脱がせ、手早く着付けたメイドは静かに立ち去る。
この間表情を変えなかったロザリアはそのまま扉を開け放ち、城を出て行く。
ヒールが石の床を蹴るたびに高い音が響き、その存在を知らせた。
彼女が出かけた先は、今宵で三度目になるロバートの住う家。
小綺麗にしてあるものの、所々に男の一人暮らしである雑さが見え隠れする。
新たなものを見つけたロザリアは漸く唇に笑みを見せた。
「ロバート、来てあげてよ」
「ロザリア!こんなに長い間どうしてたんですか!」
「来るかどうかは気分次第よ」
「そっ、そうですけど……何かあったかと心配するじゃないですか」
「心配…………?あなたが?」
弾かれるように駆け寄ってきたロバートから自分を待っていたような言葉が飛び出した事にロザリアは気分を良くしたものの、何を心配したのかと意味が分からずに首を傾げる。
ロバートに手を引かれてソファーに座ったロザリアは自分が永久の時を生きる事は理解していても人間が短命なことはわかっていない。何故なら一人に幾度も会うことは無く、眷属にしたい者は主がいる限り死ぬ事はない。
「そのっ、何かあったかと……。僕の味に飽きたとか」
しどろもどろになりながら顔を赤くして吐露するロバートにロザリアは喜びを感じた。同時に欲しい、とも。
「あなた、私が欲しいの?」
無意識に出たらしい言葉は双方に動揺を生んだ。
表情に出さないロザリアと対照的に熟れた果実のように真っ赤になるロバート。
程なくしてロバートは小さく頷く。
「僕はあなたが可愛いと、好きだと思ってます。血を捧げるのも幸せだと」
「そう。私もあなたが欲しいわ。眷属にしてあげてもいいけど、それはまた今度にしましょう」
明らかに機嫌が良いらしいロザリアは彼の首に腕を回す。
言葉の意味を悟ったロバートは彼女を抱き締め唇を重ねた。息継ぎに離す瞬間さえ惜しいと言わんばかりに離れない唇からは水音が聞こえるようになり、息遣いも荒くなっていく。
時さえ忘れかけた頃、力が抜けてきたロザリアを抱き上げたロバートは質素な寝室に彼女を連れていき、ベッドへその体を下ろすやいなや覆い被さる。
「優しく、してちょうだい」
乱れたドレスから見える隠されていた白い肌とうっすら色付く頬や首筋にロバートは息を飲む。
言葉一つで彼女が初めてなことがわかったからだ。
「はい。……ロザリア、好きです」
「ええ、私も……ロバート。っん、あぁ……」
小さな喘ぐ声と吐息は二人分になり、月が頂きに届いても傾いて日が顔を出す前まで止むことはなかった。