再会と揺らぎ
ロザリアが再び男の元を訪れたのは半月も経ってから。ルーディスが人の匂いが付くことに嫌悪を表し、自ら獲物を連れて来たからだ。
それではつまらないと拗ねて漸く今宵、出歩けたのだがロザリアは一度訪れた家の前で悩んでいる。
「人が二人?」
鼻が曲がりそうな香水に苛立ちを覚えたロザリアは自分に似合う深紅のドレスを揺らして、少女に似つかわしくない豊かな胸を張ると扉を躊躇なく開けた。
「ご機嫌はいかが? うふふ、待たせてしまったかしら?」
「き、君は……」
戸惑う男の近くに寄るとその唇をロザリアは人差し指一つで塞いだ。そして振り返り、明らかに押し掛けのような品のないご令嬢に威圧的な笑みを見せて視線を扉のほうに向ける。
「私、約束していましたの。お帰りになって?」
風のない室内にふわりと風が吹くなり、女性はそそくさと男の家を後にした。
「ねぇ、何か甘いものを頂けませんこと?」
男の顔を再び見たロザリアに先程の威圧感はもうない。まるで普通の女の子のような愛らしさとアンバランスな艶やかさに男はこくりと喉を鳴らしつつも、要求に小さな返事を返して台所に急いだ。彼女の要求した甘いものは男が好むココアしかなく、わたわたと手間取りながら薄茶の髪を揺らしてリビングに運ぶ。
「あ、あの、これしかなくて」
「構わなくてよ? あ……ねぇ、貴方。お名前は?」
「は? え? ぼ、僕はっロバート!」
「ロバート、ね」
漂う甘いカカオの香りを楽しみながら、初めて知った人間の名前に密かな蕾を開く。
紅の瞳を向けられたロバートの胸はドクドクと高鳴るばかりで、彼女が何をしに訪れたかは分かってはいるものの不思議と恐怖はない。
「可愛いのね。表情がコロコロ変わって楽しいわ」
「可愛いのは君だ!」
「可愛い……?」
突発的に口にした言葉をきょとんとした顔で受け止めるロザリアに対して、ロバートは熱を疑うほど真っ赤になって慌ただしく自らの口を塞ぐ。
讃えられ、美しいと口々に言われるロザリアも可愛いとは言われた記憶がなく、徐々にその頬を染めていく。
「と、特別に手への口付けを許してあげますわ!」
ばふっとソファーに座り、右手を差し出しぷいっと顔を背けた。
ロバートはココアをテーブルに置き、片膝をついて差し出された手を取るとそのひんやりとした指先に口付け、甲にも口付けを落とした。
それを横目で見ていたロザリアはルーディスやフィードにされた時と全く違う感覚に戸惑い、胸を押さえる。
「ぁ……貴方、私に何をしたの?」
「何をって、口付けただけ、です」
「そう。んんっ! 甘いものを頂くわ」
手に残る淡い痺れを意識しないようにカップに口を付けて飲み干し、口内で後味を味わった彼女は立ち上がると身を屈めてロバートの首筋に、痛みと快感の伴う口付けを贈る。彼の体はピクリと震え、目の前にある華奢な体を無意識に抱き締めた。
「ぁ、あぁ……ッ、はぁ……ぅ」
こくりと喉が上下する度にロバートの口からは艶めいた吐息が聞こえてくる。唇が離れた彼女が見たのは蕩けた空のような青い瞳。感情のまま、まだ血の付いた唇をそのまま彼の唇へ押し付けてその吐息ごと味わう。
「ごちそうさま、ロバート。また会いに来るわ」
食料でしかない人に何故こんな行動をと自分もわからないままロザリアはその場を後にした。