留守番
あれから松谷くんは必要時以外私に話しかけてこなくなった。
私にわざとそっけなくしているわけではないけれど、入学したばかりの頃みたいな、『無関心』な態度だった。
(そりゃそうだよね。私があんな態度取り続けてたんだもん)
(⋯寂しいとか思ってるわけじゃないけど)
でも彼に話しかけられない日常は静かで、何だか味気なく感じた。
*
「凛、起きてる?」
薄く扉が開き、お母さんが、小さな声で私にそう呼びかける。
日曜日の朝8時。
私は割りと朝に強いので、いつも6時には起きている。
「起きてるよ」
「あのね、お母さんの大学の友達が事故でなくなったらしいの。これから仙台まで泊まりで行って⋯たぶん明日の夜までには帰ってくるから。お母さんいない間よろしくね」
「分かった。家のことは気にしなくて大丈夫だよ、私が何とかするから」
「ありがとう、お願いね。⋯お父さんは、会社に行ってていないだろうから」
お父さんは、外科医である。
仕事熱心だし、定休日でも通うくらい、会社が好きな人だ。いわゆる、仕事人間ってやつ。
「心配しないで。行ってらっしゃい!」
ドアが閉まったのを耳で確認する。
お母さんがいないとなると、消去法的に家事は私がやるしかないのだけれど。
⋯恥ずかしながら、私は専業主婦のお母さんに甘えてあんまり家事をすることがない。見かねたお父さんがご飯担当だけ決めたのだが、それもお母さんが手伝ってくれることが多い。
「えっと、ご飯三食と⋯掃除と⋯洗濯と⋯ごみ出しと⋯くらいかな」
(とりあえず海翔起こそう)
「海翔、おはよう!!」
私と違って朝に弱い海翔の朝は、人格が変わったみたいに不機嫌だ。怒鳴られるのを覚悟で部屋に入る。
「⋯まだ8時」
「もう8時だよ」
「⋯うるせーな、あっち行けよ邪魔。まだ寝るから」
「起きてよ、お母さん今日いないんだから」
すると、言ったか言わずかの内に海翔は突然がばっと起き上がった。
(え、何!?)
「マジで?いないの?!」
あのー、どうしてそんなに目が輝いてるんでしょうか。
「よっしゃ、じゃあ遊び放題だな」
言うなり海翔は起き上がり、着替えを始めた。私は意味不明なままとりあえず部屋から出ることにする。
よく分かんないけど、自由な時間を無駄にしたくないとか、たぶんそんな感じだろう。
(私も、ピアノでも弾こうかな)
ピアノの習い事は小学生でやめたけれど、今では私の趣味みたいなものだ。大したものは弾けないけど、暇つぶしにはなる。
そうこうしながら1日を過ごす内に、私は大事なことを忘れていることに、朝になるまで気づくことができなかった。