髪型
「そもそもさぁ、何で学級委員代わるなんて話になったの?」
藤井さんが離れると、松谷くんは小さい声でそう私に聞いてきた。
「それは藤井さんが私に、代わりたいって⋯」
「何で?」
えっ、何でって⋯何で分からないの!?
(理由なんて、決まってる)
「さぁ?自分で考えてよ」
「えー、西澤さん冷たぁい」
松谷くんが口を尖らせ、ブリッコみたいなことを言ってくる(ちょっとキモい)。
ちょっと不意打ちでやめてよ、お茶吹き出しかけたじゃん!
*
雨が降っていた。
どこぞの少女漫画じゃあるまいし、雨が降っても、特別何かが起きたりするわけじゃない。
強いて言うなら、髪が崩れるくらい。
「凛ちゃんっ!おはよぉ」
後ろからかけられた声に、振り向くと想像していた通り、藤井さんがいた。
「あ、おはよー!」
「あれ、凛ちゃんと登校中会うとか初めてじゃない?!」
小走りに隣に並んでくる姿を見て、かわいいな、と同じ女ながらに思った。
「今日はちょっと電車乗り遅れちゃって⋯」
「えーっ、いつも1本早いので来てるの?すごいね、私朝弱いから尊敬するな〜」
「ありがとう、朝は割と得意なんだ」
今日電車に乗り遅れたのは、別に寝坊とかをしたわけじゃない。実は、髪の毛をいつもより頑張ってセッティングしたのだ。
セッティング、とは言ってもいつもよりちょっと髪を高く、丁寧に結んで、アホ毛を処理しただけなんだけど。
(藤井さん、髪が崩れてないなー⋯)
今年はいつもより梅雨入りが早いらしい。6月になったかと思えば、ここ数日は、既に雨が降り続いている。
私なんて、もう髪が崩れかけてるのに。
それなのに、藤井さんの上だけ雨が降ってないんじゃないかと思えるくらい、彼女の髪型は崩れてない。
じっと見すぎたのか、藤井さんは私に「どうかした?」と聞いてきた。
「髪、崩れてなくて綺麗だなって思って」
私の言葉に、藤井さんは自分の髪をいじりながら、「そうかなぁ?ありがとう」と言った後、こちらを見つめ返した。
否定しないあたり、自信があるんだろうなと思った。でもきっと、その自信は、努力してこそ得られたものなんだろう。
「あれっ凛ちゃん今日髪の毛ちょっと違う?可愛い!」
「えっ、分かる?」
気づいてもらえたのが嬉しくて、ついつい声がはずむ。お世辞だとしても、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
*
「凛、おはよ」
「松谷くん!おはよー」
これくらいの変化に気づいてもらえるはずはないと思いつつ、でもちょっとだけ心の中で「あれ?」くらい思ってくれたらいいなと期待して、見上げてみる。
「あれ、何か凛、」
!もしかして気づいてもらえ⋯
「今日遅くね?あ、寝坊?ぜってー急いできただろw髪ボサボサになってるよ」
⋯。