挨拶の練習
放課後、言われたとおり会議室に向かう。まだ時間が早いからか、来ている人は誰もいない。
(ある意味学級委員でよかったかも)
暇な時間を潰せるし。
あーもう嫌だなぁ、発想が本当にぼっちみたいなんだもん⋯
まぁ事実だし仕方ないんだけど。
明日は勇気を出して、誰かに「おはよう」くらい言ってみようかな。
周りに誰もいないことを確認し、壁に向かって「おはよう」と笑顔で言ってみる。
(うーん、何か馴れ馴れしすぎるかも)
でも真顔で言うのも変だしどうしよう、なんて考えていると。
「⋯西澤?何で壁に挨拶なんてしてんの」
(!)
うそ、見られた!?しかも、あの松谷くんに⋯!
「いや、えっとこれは」
しどろもどろで説明しようとしていると、松谷くんはさらっと「まぁいいんじゃない、うん」と一言言って会議室に入っていった。
(どうしよう、みんなにバラされて笑い者にされたりしたら死ぬ⋯!)
「あ、あのえっと⋯友達ができたらいいなって思って、練習してて⋯その」
「ははっあんなんで友だちできるんだったら誰も苦労しねーよな」
あまりにひどい言い方に、カチンときた。
「⋯それは、松谷くんが友だちに困ってないから言えるんです」
「え、俺?まぁね、確かに困ってはないわ」
そのうちにぞろぞろ人が集まり、それに合わせて松谷くんも椅子に座る。
「隣座れば?」
ムカつく。本当この人ムカつく。
でも仕方ない、これは私の任務なんだから。
松谷くんの隣の椅子に腰を下ろすと、私は担当の先生の方だけを見てメモを取る体勢を取った。
*
私はいつもより少し早めに登校すると、息を整えながら教室のドアの前に立った。
(おはよう、おはよう、おはよう⋯)
緊張しながらクラスメートを待っていると、後ろの方から足音がした。よし。
「お、おはようっ⋯」
(!)
「⋯はよ」
そこにいたのは松谷くんだった。
(うわぁ最悪⋯)
「おい西澤、今最悪とか思ったろ」
「お、思ってないですけど」
しかもなんでバレてるの!?
松谷くんはふっと笑いながら、「松浦来たみたいだけど?」と言って下駄箱の方を指差した。
松浦さんは比較的大人しめで、小柄な女子だ。
「お⋯おはよう!」
勇気を出して声をかけると、松浦さんは一瞬戸惑った表情をした後、「おはよう」と微笑を浮かべながら返してくれた。
(よかったぁ⋯)
無意識的に顔がにやけていたようで、
「挨拶だけで何やりきったみたいな顔してんだよ」
案の定、松谷くんに言われてしまった。
やっぱムカつく。
何でいちいち文句つけてくるんだろう。これでかっこいいとか騒がれてるなんて、本当ありえない。みんな性格見てないんじゃないの。
「ま、練習の成果はあったんじゃね?」
腹が立ったけど、彼があまりにピュアな笑顔をするから、 何も言うことができなかった。