言い争い
「じゃ、半分やっといて」
松谷くんから渡された資料の厚みに、思わず「えぇ⋯」と声をもらす。
仕事のやり方はごく普通、資料を順番に重ねてホッチキスで止めるだけという単純作業⋯なんだけど!
「量⋯多いね」
前にも言った通り、仕事をするのは結構好きだ。達成感もあるし、やりがいもあるし、人の役にたてるっていうのが何より嬉しい。
けどさ、そうとは言っても!!
(放課後の時間だけで、しかも2人だけで終わらせるには結構酷なんじゃないの⋯!?)
A4の紙が1人につき、たぶん20枚以上はあると思われる。しかも、たぶん1回落としてバラバラにしちゃったんだろうな、プリントが種類ごとにまとまってないし。
「とりあえず早く終わらせないと⋯」
ちらっと松谷くんの方を見ると、彼は窓の外を見ていた。
「⋯あのー、早くやんないと終わんないよ?」
「あーごめんごめん、何からしたらいい?」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あれ、何か、
「⋯⋯⋯今日、声変じゃない?」
朝からちょっと思ってはいた。いつものうるさいくらいよく通る声と違う、すこしかすれたような、つまったような感じの声。
「あーえっと⋯分かっちゃう?昨日さぁ、向井たちとカラオケ行って歌いすぎたんだよなー」
あ、聞かなきゃよかったかも。
一瞬でも心配した自分が馬鹿みたいだ。
(いいな、カラオケ⋯)
中学のときは校則でカラオケもゲーセンも行けなかったから(誰も守ってなかった)、高校生になったら行けるって楽しみにしてたのに。
「そう、友だち多くてよかったね」
「⋯何か今日冷たくね?」
「別に?」
私は友だち関係のことで色々悩んでるのに、松谷くんはいいよね、人気者でさ。
半分くらい八つ当たりであることを自覚しつつも、考える気持ちは止まらない。
今朝のこともあり、今私はちょっと機嫌が悪い。口を開くとひどいことを言いそうな気がするので、とりあえず黙っておくことにする。
松谷くんは私のピリピリした様子に気づいてないようで、それにまたイライラする。
「あ、待って凛、そこ逆じゃね?」
「これ1部落ちてるけどどっか抜けてない?たぶん俺じゃないと思うんだけど」
「何かだんだん雑になってきてね?」
いつもならさらっと流すはずの言葉が、今日は何か引っ掛かる。しかもそれが全部図星であるだけにムカつく。
「凛ってもしかして不器用?笑」
松谷くんの意地悪そうな笑顔を見た瞬間、押さえていた何かがブチッと切れた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そんな文句言うくらいなら自分で全部やれば!?」
言ってしまってから1拍おいて、我に返った。
「ご、ごめん何でもない⋯」
「いーよ、そうするわ」
慌てて取り繕うとした私に、松谷くんはそう言い放った。その言葉と冷めた表情にはっと息を呑む。
(どうしよう、怒らせた?)
「つか、1人でやった方が早いし絶対。凛はもう帰れよ」
松谷くんは怒ってる風でもなく、まるで当たり前かのようにさらっとそう口にした。
(なに、それ)
自分は窓の外見たりスマホさわったり、ぼーっとしてたりするくせに。
私が不器用だとしても、委員なんだから、やんなきゃいけないんだからしょうがないでしょ?松谷くんがそれをどうこう言う権利ないじゃん、第一、立候補したわけでもないのに。
「⋯⋯⋯⋯⋯そうだね、そうするよ」