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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第九話 セーヌ川にかかる橋で詩人の死を論ずる


 ところが、りご三郎君はまったく服装を気にしてないみたいです。


「じゃ、行きますよ」

「うん。でも、その格好で平気なの?」

「これ? ぜんぜん問題ないじゃん。パリなんだからさ」

「そうかな」

「そうだよ」


 扉を開けると、目の前には片側1車線の街路がありました。道路沿いには石造りの建物がたくさん並んでいて、お店の看板なんかもみんなフランス語らしい言葉が書かれています。歩道には外国の人たちが足早に行き交っているのですが、服装は本当にバラエティーに富んでいて、りご三郎君のキモノ風ファッションが浮いてしまう心配はぜんぜんないことがすぐわかりました。りご三郎君の後について歩いていくうちに、大きな川沿いの道に出て、写真でよく知っているエッフェル塔が遠くに見えてきました。


「うっわー、本当にここパリなんだね! あの川は?」

「セーヌ川だよ。あれがミラボー橋。渡ってみる?」

「うん、任せる」


 空は快晴で、気温は日本より少し涼しいくらい。空気が乾燥していて気持ちよく、まさにこれぞパリ、という季節の中にわたしたちはいて、すっかり浮かれ気分になってしまいます。気が付いたら橋のたもとまで来ていました。


 ♪ふんふんふんふーんふんふんふんふんふんふんふんふーんふーんふーん♪……


 浮かれるあまり、あの有名なメロディーをついハミングしてしまいました。恥ずかしくなってりご三郎君の顔を見ても気付いてる様子はありません。シャンソンの有名な曲で、確か「パリの空の下ナントカ」というやつだったと思いますが、どことなく物悲しいメロディーが、まさに「パリ」そして「秋」にマッチしていると思ったのです。ハミングをやめても脳内再生が止まらないわたしなのでした。


 川の両岸から真ん中あたりの場所で足を止め、川面を見下ろす欄干からエッフェル塔を眺めました。わたしたちの足元では、緑色の水面に航跡を描いて船やボートが忙しく行き交っています。


「なんだか新婚旅行みたい」──そんなことを思ってドキッとしたのですが、りご三郎君はエッフェル塔に背中を向けて欄干に寄り掛かり、まったく関心がないみたいな様子です。


 何気なく腕時計を見ると、午後4時を過ぎていたのでびっくりしました。


 「これ、どういうこと?」と言って腕時計を見せると、りご三郎君はニヤリと笑いました。


「まあ、あんまり固いことは言わない。夕方のパリでいいんじゃない?」

「じゃ、やっぱりここは本当のパリじゃないのね」

「ぶっちゃけて言うとそう。君の部屋は午前7時だから、時差通りだと同じ時間のパリは真夜中になっちゃうからね。いくらなんでも、真夜中のパリだとサービスにならないじゃん」


 ご都合主義だと思ったけど、わたしは口にはしませんでした。そんなわたしの気持ちを読んだみたいに、りご三郎君は口をへの字に曲げて変顔になっていました。


「実はさ」


 川面に背を向けたまま欄干に両ひじを載せて、りご三郎君はわたしの方に顔を向けました。


「昔、有名な詩人がここから川に身を投げたんだよ」

「ここから?」

「そう。ちょうど今、おれが立ってる場所から」

「何だか、身投げする瞬間を見てたみたい」

「うん、見てた」


 わたしはあきれて、りご三郎君の顔を見返しました。


「どうして止めなかったの?」

「だって詩人じゃん。詩人は自殺しなきゃ」

「詩人だったら、自殺しなきゃいけないの?」

「そりゃそうでしょ。でないと、詩人じゃなくなっちゃわない?」


 彼の理屈は全然理解できませんでしたが、それ以上問い詰めても無駄だと思って、川面を覗き込みました。有名な川だけにずいぶん深そうです。ここから飛び込んだら、たぶん溺れるだろうなあと思いました。


「秋だったの?」

「いいや、春。自殺するなら春だよ」


 空は薄い靄がかかったような水色で、川岸には遊覧船が何艘も横付けされています。りご三郎君は相変わらず川に背を向けているので、わたしも川面から目を離して彼と同じ方を向きました。本当のパリは今、真夜中なのでしょう。なのにわたしたちがいるパリは夕方近くで、橋の歩道を歩く人々は皆忙しそうに足早に通り過ぎていきます。勤め人や学生、観光客、いろんな人たちがいるのでしょうけれど、欄干のそばでのんびり立ち止まっているわたしたちには目もくれません。


 少し間を置いて、りご三郎君がぼそっと言いました。


「おれの友達でさ、『自殺したい』って言いだした奴がいてね」

「それって、月にいた時の?」

「いや、君らと同じ地球の人間だよ。おれ、前は日本の学校通ってたし」


 これは驚きです。今までずっと月に住んでたわけじゃなかったのでしょうか。


「で、その友達どうしたの」

「その時は、さすがに止めた」

「へぇー。うまくいった?」

「まあね。そいつ今でも生きてるし」

「よかったじゃん」

「どうかな。それも春だったんだよね。中三の春に転校して、転校生だって教室で紹介された瞬間、『こりゃやべー』って感じたんだと」


 わたしは今まで、転校をした経験がありません。お父さんは元々転勤族だったのに、わたしが生まれてからは一回も転勤していないという不思議な人で、ひょっとしたらわたしのために転勤せずに頑張ってくれているのかもしれません。でも、一度くらいは転校してみたいかな、なんて思うことも時々あるのです。


「転校先の教室であいさつした時、目の前に並んでたのは極めつけにバカな男子と無愛想な女子。こいつらとは絶対話が合わねーから、速攻いじめの的になるって直感したんだって。そんで、おれのところに来て『もう死にてー』って言いやがんの」

「なぁんだ。『もう死にてー』なんて男子ならみんな言ってるよ」

「いや、その時はマジだったの。シャレになんねー顔しててさ。で、おれ言ってやった。『お前な、初めから話が合わないって決めつける前に、そいつらとうまくやっていく努力をしたらどうだ』。そいつ、『わかった』つって自殺はやめたんだけど」

「よかったね」

「どうだか。そいつ3カ月頑張ったけど、踏ん張りもそれまで。4カ月経った頃からいじめられるようになった」

「助けてあげればいいじゃない」

「おれがそういうことやったら、収拾つかなくなるでしょ」


 彼の言っていることが、わかるようでイマイチよくわかりません。彼は、こういうところが妙にずるいのです。


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