第七話 「卓球部入れば?」と言われて
「本当に、若いってうらやましいですね」
女将さんは、お邪魔しました、と言ってその場を離れていきました。汗をかいた後の浴衣が少しひんやりします。
「やっぱり、温泉で本気の卓球しちゃいけないね」と言うと、りご三郎君は「そりゃそうでしょ。ゆるゆるに打ち合うのがいいんだよ」と口を尖らせます。わたしは言い返しました。
「お湯に入る前にね」
「はい。そうでした」
わたしもいけなかったと思います。温泉旅館の卓球なのですから、荒々しい踏み込みの音を響かせてスマッシュを打つなど論外と言えるでしょう。
個室風呂は、遊技場から階段を一つ上がったフロアに、廊下を挟んで男女用が向かい合っていました。
「じゃあ、後で」とそれぞれの浴室に入ろうと分かれた時、りご三郎君が「ねえ」と後ろから声を掛けてきました。
「卓球部入ればいいじゃん」
「だって。そんなテンションないよ」
「嘘。さっきありありだったじゃない」
「持続しそうもないの。多分」
彼は「もったいないなぁ」とかぶつぶつ言いながら男性用浴室に入っていきました。
そうなのかな。もったいないのかな。
部に入って、鬼の形相で県大会→全国制覇とか連呼しながら厳しい練習に明け暮れる自分が、想像できません。
とてもそんなキャラじゃないし。
まったりのんびり高校生活を送っていた方が、変に人間が歪んだりしないんじゃないかって……これは甘えでしょうか。
まーそんなことは置いといて、わたしが今いるのは温泉旅館です。ガラスの引き戸を開けた先の個室風呂は……これがまた、実に贅を尽くした総檜張りの浴槽。いっぱいになったお湯が絶えず溢れて、これまた「ザ・温泉」という感じ。
軽く体を洗って浸かってみると、これがまたなんともいい湯加減で、ガチでプレーした卓球の疲れがたちまちほぐれていきます。そして、わたしという人間のデッサンがまたしても崩れていきそうになるのでした。
でもいいんだろうか。さっきの露天風呂といいこの個室といい、二人分で1万円以上は取られるんじゃないかな……。わたしの財布には5千円ぐらいしか入っていません。りご三郎君は「サービス」だって言ってたけど。
いいや! 彼が連れてきたんだし、万一お金が足りなかったら彼がここで「ただ働き」すればいいんだ。
そう考えてわたしは再び女王モードになり、個室風呂を満喫したのでした。
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