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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第六話 女戦士となって座敷童子と真っ向勝負


 その時、突然「そうだ!」と言って彼が目を丸くしたので、わたしはびくっとしました。


「遊技場に卓球の台があった。卓球やらない?」

「たっきゅう? ……どうして卓球なの?」

「温泉旅館に来たら卓球やらなきゃ」


 まるで温泉旅館に来たら卓球をするのが義務みたいな言い方です。温泉に入った後で汗をかきたくなかったのだけれど、実は、卓球と言われた瞬間わたしの体の奥でうずき始めたものがあったのは、否定できない事実でした。


 何を隠そう、わたしは中学時代卓球部でした。しかもレギュラーメンバーとして試合に出場し勝ったこともあります(もちろん通算では負け越しですが……)。


 なにそれイケてるじゃん! そんな栄光の日々を隠し今は帰宅部JKに身を(やつ)しているのはなぜ? と思われる方もいるかもしれませんが、残念ながら卓球というのはそれほどイケてるスポーツではありません。


 昔よりは格段にイメージが上がったといっても、屋内競技ではまだまだバスケットボールやバレーボールに二歩も三歩も譲っていると言わざるを得ません。想像してみてください。美少年美少女がプレーしている姿として、バスケと卓球ではどちらがサマになるでしょう? わたしは、これは偏見でも(ひが)みでもないと思います。


 それに、高校の運動部でやり抜く根性が自分にあるとも思えず(何よりも高校運動部の彼や彼女が発散している、あの本気度に尻込みしてしまいます)、さりとて他のスポーツに転向するほど運動能力に自信があったわけでもなかったわたしは、とうとう帰宅部として高1の2学期を迎えてしまったのでした。


 もちろん、こんな自分自身に「わが選択に一片の悔いなし!」などと胸を張れるはずもなく、青春の一時期を無為に過ごしてしまっているのでは、という後ろめたさを秋風とともにひしひしと感じつつあるきょうこの頃ではあったのでした。


 そこへ、この変な髪形をした座敷童子が、こともあろうに元卓球部のレギュラーに向かって「温泉旅館に来たら卓球」などとほざいたのです。「飛んで火に入る夏の虫め!」とわたしの中の何かに火がついてしまったことは、とにかくこの場で告白いたしたいと存じます。


「ふーん、いいよぉ? 付き合っても」

「よし、やろう!」


 すっかり乗り気になっているりご三郎君に、胸の内の暗黒微笑を悟られているはずもあるまいと思っていました。


 そう。きっと身に覚えのある方も多いでしょう。これは基本的にスポーツが不得意な運動部経験者が、体育の授業で自分の種目が回ってきた時に味わう禁断の快楽なのです! いつもの体育の授業では地味な子が突然覚醒したかのごとく、コートを、グラウンドを華麗に舞っているという! そんな時の奴の顔を見てください。多分人生で一番輝いている瞬間の中にいるのです!


 しかし良心があれば、あまり褒められたものではない快楽に酔っていることを自覚するはずなのですが、わたしはそこまで人間ができていませんでした。


 朝御飯はこうして終了。遊技場に来てみれば、なるほど、ゲーム機やプリクラなんかがあったりします。その奥に、卓球台がひっそりと鎮座していました。


「あ、律儀に置いてあるね卓球台」

「そりゃ、温泉旅館だもん」


 台の横の籠にラケットが入っていました。りご三郎君は……ペンホルダータイプを選びました。「よかったー! 普通の素人だった……」と胸をなで下ろしたわたしは、内心「ふっふっふ」とほくそ笑みつつ、ペンホルダータイプを取ります。腐っても元卓球部ですから本当はシェイクハンド使いなんですけれど、能ある鷹は爪を隠すのです。


「りご三郎君サービスでいいよ」

「いいの?」

「うん」

「あのさ」


 ボールを持ってラケットを構えたまま、上目遣いに彼が言います。


「……何?」

「何か……全身から、普通じゃないオーラ放ってない?」

「え? 気のせいでしょ、さ、打っていいよ」


 やはり天井から降りてくるだけあって、侮れない勘をお持ちのようでした。


「よし……そりゃ!」


 ごく普通の素人が打つサービスが来ました。わたしが難なく打ち返しコーナー近くに落とすと、体勢を崩しながら拾ってきました。


(へぇぇ。結構やるじゃん)


 軽く当てたレシーブも返してきます。今度は、若干当たりを強くして打ち返してみました。


「ほれっ!」


 お? 小癪なレシーブでございますね! これならどう? 彼が打ち返してきた位置の逆サイドにエッジぎりぎりで玉を落としたところ、これは拾えませんでした。


「あちゃー! 結構うまいね」

「うそうそ。全然だめ」


 口ではそう言いながら、自分の腕がそれほど錆び付いていないのに大満足なわたしでした。これは楽しませてくれそう……。りご三郎君のセカンドサービスです。


 ファーストサービスとさして変わらない球速の玉が来ましたので、軽く打ち返したら、同じようなレシーブが返ってきました。そうやって5、6球ラリーが続きました。

 ここらで格の差を見せつけようと思ったわたしは、体重を掛けて浴衣の袖を華麗に翻し、スマッシュを決めてやりました。玉は見事にコーナーいっぱいに着地し、遊技場の隅へ飛んでいきました。


 目の前に、ラケットを持ったまま固まっているりご三郎君がいました。彼の瞳に、ドヤ顔で仁王立ちするわたしの姿が映っているのがはっきりわかりました。


「何。今の」

「スマッシュだよ」

「さては……元卓球部か何かだな!」

「うん。中学の時卓球部だった」


 りご三郎君は引きつったような呆れ顔を見せて、ラケットを台に放り出しました。


「それってフェアじゃないよ。最強の自分を予告無しにぶつけてくるなんて!」

「自分から『やろう』って言い出したんじゃん。世の中にはそういうこともあるんだよ!」


 苦虫を噛んだ顔でラケットを手に取り、彼は遊技場の隅に歩いていきます。わたしのスマッシュで飛んだボールを拾って戻ってきました。

 軽くラケットに当ててわたしの手元にボールを寄越します。


「次は君のサービスだよね」

「まだやるの?」

「1セットだけやろうよ」


 ほーう、やる気なんだね。じゃあ、楽しませてもらおうじゃないの。わたしは遂にシェイクハンドのラケットを籠から取り、渾身のサーブをりご三郎君に見舞ったのでした!


 が!


 彼が打ち返してきた! この、元卓球部で県大会に出場したこともあるわたしの、渾身のサービスをォォォォォ! 小癪なッ、このレシーブで素人との差を思い知るがいい! と思ったら……。


「はァ!」


 雄叫びを上げて彼がスマッシュを放ったではありませんか! しかも派手な踏み込みの音を立てて!

 そうです。わたしはその球を拾えず、彼に1点を献上してしまったのです。

 目の前には、拳を固めて突き出している彼がいました。


 おのれッ!


 ここで完全に、わたしの中に火が付きました。本気モードになったわたしは全力勝負に突入しました。

 そして、打ち合うこと十数分。

 シェイクハンドラケットを持つ女戦士と化したわたしは辛うじてそのセットを取り、元卓球部の面目を保つことができました。

 しかしスコアは11-8。一時はデュースに持ち込まれることも覚悟しましたけれど、さすがに彼も疲れたのかミスを連発し、敵失に救われた格好になったのです。セットが終わった瞬間、汗だくになったわたしは台の縁に手を置いてしゃがみ込んでしまいました。りご三郎君は床に転がって仰向けになっています。


「あー。疲れたー!」

「ちょっと……何で温泉旅館の卓球でこんなにマジになってんのよ」

「知らないよ。君さ、急にすっげー本気モードになってなかった? 怖かった」

「お互い様じゃない」

「そうかもね。ごめんよ。もう一回温泉に入ってくれば?」

「そうしようかな……」


 セット中、彼はどんどんレベルを上げてきました。次のセットがあったらわたしは多分勝てていなかったと思います。


 座敷童子ごときに、こんなチート能力が与えられるなんて!


 そうやって卓球台を挟んでへたり込んでいるわたしたちの背後に、スリッパの足音が近づいてきました。


「お若いだけあって随分にぎやかでしたね」


 部屋を出た時に迎えてくれた女将さんが、こちらを見て微笑んでいます。


 「お若いだけあって随分にぎやか」って……旅館の人に言われるのはちょっと違った意味があると思い及んだわたしは、まちがいなく残念な子なのですが、もちろんそんなことは顔色に出さずに立ち上がって頭を下げました。


「どうもすみません、お騒がせして」

「いいんですよ。個室風呂が空いてますから、お入りになられます?」


 仰向けに寝転がっているりご三郎君が首を持ち上げました。


「いいんですか?」

「よろしいですよ。男女別々ですから、ごゆっくりお入りになって」


 勢いよく立ち上がった彼と視線を交わし、二人そろって「ありがとうございます」とお礼をしました。


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