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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第四話 荒ぶる女神様


(さすがに貸し切りはないよねぇ。いい加減あったまったし、上がろうかな……。でも、でも……、この湯加減が、わたしを、はなさないぃぃぃぃ……)


 そうやってぐずぐずしている間に、女の人がタオルで下だけ隠す格好で近づいてきました。わたしは、湯気の先に立つその姿かたちを見て、一瞬息が止まるかと思いました。


 それは、まさに女神。「超絶美女」と呼ぶにふさわしい姿を、わたしは生まれて初めて生で目にしました。洗い髪にタオルを巻いた出で立ちがこれほどサマになる人も珍しい。そしてその、形の整った胸といい肩といい、腰から足へと流れるような曲線といい、女のわたしでさえあやしい気分になってしまいそうな、完璧な形をしているのです。

 そんな「ザ・大人の女性」がわたしに流し目のような視線を送ってきたのですから、たまったものではありません。ただでさえお湯にのぼせ始めていたわたしは、余計に顔が熱くなってしまいました。


 その人は、湯船に身体を沈めながらわたしに微笑みかけてきました。


「お邪魔します。いいお天気ね」

「あ、……はい、いい、お天気、ですね」


 わたしはしどろもどろに答えて、思わず俯きました。


「あの子……」

「はい?」


 湯気の先に広がる青空を見やってから、女の人はちょっと心配げな視線をわたしに向けてきました。


「ちゃんとやってくれているかしら?」

「ええと、それは」

「ああ、ごめんなさい。わたし、りご三郎の母です」

「あ、はじめまして! 磯崎莉奈です、お世話になっています」

「莉奈さんっていうの。可愛いわね。あの子が選ぶわけだわ」

「かっ、可愛いだなんて、そんな」



 ドギマギしながら、りご三郎君のお母さんと聞いたわたしは、改めてその人の顔に見入りました。こんな綺麗な人の息子なら、もう少しイケメンであってもいいはずなのに。きっと、お父さん似なのかもしれません。


「あの子ねえ、今、家出中なのよ」

「家出?」


 家出とはまた、月から来たというわりには残念な話です。もっとも、お母さんの顔にはカケラほども残念そうな様子は見えません。


「そう。だからちょっと心配になって様子を見に来たの」

「いえ、わたしの方は別にご心配いただくようなことは何も」

「そうなの?」


 突然、穏やかだったお母さんの顔色が変わりました。続いて何かを捉えたように正面を見据えて、しぶきを散らして湯船から立ち上がりました。


「こら!」


 女神像のように裸身で立ち上がったお母さんが、右手を正面に伸ばし、手のひらで何かを摑むような形を取ります。すると突然、右手の中に黒い何かが現れ、湯気の先に人の形が浮き上がりました。

 りご三郎君が頭の上で縛った髪をお母さんにつかまれ、湯船の上に釣り上げられてじたばたもがいていました。乙女の裸を覗いた、許すまじき男子がそこにいたのでした。


「きゃー!」


 自分の叫び声で目を覚ますと、わたしは顔までお湯に沈もうとしていたところでした。あまりのいい湯加減につい寝入ってしまい、夢を見たのだと気づきました。もちろん、あたりに女神のようなりご三郎君のお母さんの姿はなく、露天風呂にはわたしが一人きり。相変わらず貸し切り状態です。


 不覚にもお風呂で眠ってしまうとは……。さすがに、温泉の中に溶けてしまうわけにはいかないと心を決めて立ち上がりました。


 「お湯もしたたるいい女」なわけはないですが、脱衣場に戻るとやはり誰もおらず、ちょっと淋しい気もします。


 さて。ここで悩むところです。


 女将さんから浴衣を渡されていたのですけれど、これを着てよいのかどうか。


 パジャマを着て戻るのが基本なのでしょうけれど、それだと旅館の人に失礼な気もします。湯上りに浴衣なんか着てたら、15歳の少女にふさわしからぬ、ずいぶん背伸びをした感じになるし……。とは言いながら、いつまでも裸でいるわけにもいかず、持ってきた新しい下着を身に付けたわたしは、大して考えもせず浴衣に袖を通していました。


 そして、大きな鏡の前に座って髪にドライヤーを掛けます。鏡に映るそんな自分の姿を眺めていると、自然ににやけてきてしまいます。

 湯上りに浴衣姿でドライヤーを使う──それだけで女子の戦闘力が5割増しになるということを、わたしはこの時知ったのでした。

 誰も見ていないのは残念だったけれど。


 展望大浴場を出て、エレベーターで1階まで戻りましたが、廊下は閑散としています。まだ朝も早いし仕方ないのかなと思って、身の回りのものを抱えて食堂に入ると、やはり誰もいません。畳の座敷に掘りごたつ式のテーブル席という構造の、こぢんまりした和風レストランといった趣の部屋でした。そんなテーブルの奥の一つを選んで座っていると、奥の障子が開いて、お湯に入る前に会った人とは違う中年の女性が姿を現しました。


「どうも、いらっしゃいませ」

「あ、お邪魔してます」

「お湯加減はいかがでしたか」

「はい、とてもいい気分で。眠っちゃいました」


 女の人は、あはは、そうでしたかと快活な声を響かせてきました。


「そういう方はよくいらっしゃいますね。お客さんみたいなお若い方では珍しいですけど」


 わたしはそれを聞いて、恥ずかしくなりました。温泉の露天風呂は初体験だったのに、極限までリラックスしてしまったわけですから。



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