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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第三話 露天風呂でデッサンが崩れそうになっている件


 ドアを開けると、りご三郎君は消えていませんでした。そして学習机の上を興味深そうに眺めています。


「あんまりじろじろ見ないでください」

「ごめんごめん。でも机の上は綺麗にしてるんだね」

「そうでないとわたし、勉強に集中できないので。ところであなた、いつまでいるんですか」


 邪険にするつもりはないのですが、学校に行く前にシャワーを浴びて綺麗にしないといけないし、朝御飯も食べないといけません。「お友達です」と紹介して、一緒に朝御飯を食べてもらおうとすれば、やっぱりお父さんは「きさまああああああ」と激昂し、叩き出されるか通報されるでしょう。


 連行されるりご三郎君の姿が目に浮かびました。やはりそれはかわいそうだな、と思いました。


「うーん。とりあえず君のためのサービスをやっちゃわないとね」

「別に、無理にしなくてもいいんですけど?」

「まあそう言わずに。ところで君、朝はお風呂に入ったりシャワー浴びたりするんでしょ?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、最初は温泉でいこう」

「え」


 そうです。さっきわたしは、「有馬温泉」とか考えてしまいました。心の中を見抜かれたような気がして、思わず顔が赤くなりました。

 それにしても、「最初は温泉でいこう」とはどういう意味でしょう。やはり、いかがわしい「サービス」をたくらんでいるのでは。


「あ、そうそう。サービスの説明してなかったね。今年のお題は『旅』なんだよ。どういうふうに旅なのかっていうとね」


 ファンタジーの説明が始まりました。わたしの部屋が、そのままホテルや旅館の一室になるという仕様なのです。つまり、ドアを開けると、行きたいところのホテルに着いているというシステム。すごい! でも学校はどうなるの?


「平気平気。時計は止めておくから」

「時計止めても時間は進んでいくんですけど」

「だいじょうぶ。1分の間に1日分くらいのことをやっちゃうから。学校には間に合うよ」

「随分とご都合展開ですね」

「でないとサービスでなくて迷惑になっちゃうからね。終わっても5分ぐらいしか経ってないと思うよ」

「3分にしてください」

「うん……わかった」


 りご三郎君は、ちょっと渋い顔をして頷きました。まるで売り物を値切られた屋台のお兄さんみたいでした。


「えっと、しつこいみたいですけど、学校に行ったらみんながパニックになったりしませんよね? 『15年前に失踪した彼女が突然登校してきた!』とか」

「大丈夫だってば」

「30歳になって制服着て母校に現れるとか、これ以上の変態は想像できませんけど!」

「おれも初めて聞いた」

「あ……やっぱり今のは聞かなかったことに」

「わかったわかった。部屋にタオルとかある?」

「ありますよ。石鹸は?」

「要らない。じゃあ、行こう!」


 無闇に元気の良い声で、りご三郎君はわたしを急き立てます。わたしはパジャマのまま、手にタオルを持ってドアを開けました。するとそこは……。


 全然見たことのない、赤いカーペットを敷いた廊下が奥の階段に続いています。ドアの先は他人の家になっていたのでした。


「ここは、どこ?」

「有馬温泉。ていうか、その温泉旅館」


 慌てて振り返って、部屋のドアを開けました。ドアの中はわたしの部屋のままでした。


「わたしたち、部屋ごと温泉に来ちゃったの?」

「そう。どうする? 朝御飯? それとも温泉に入る?」

「朝御飯って…… わたし料金払えませんけど」

「心配ない心配ない。おいで」


 りご三郎君は先に立って階段を下りていきます。わたしが彼について行くと、下りた先に着物を着た品のよさそうな年配の女の人が、廊下に膝を着いてわたしたちを見上げていました。きっと旅館の女将さんか、従業員の人なのでしょう。


「おはようございます」

「おはようさん」


 まるで馴染みのお客みたいに、りご三郎君はぞんざいです。わたし以外の人とあいさつしているのに消えてしまわない上に、出迎えた女の人が、こんな怪しい外見をした彼を少しも不審がらないのが、わたしには腑に落ちませんでした。


「ええ天気になりましたよ。昨夜ゆうべまでの雨すっかりあがって」

「助かったよ」

「お嬢様は、これからお湯に」

「え、ええ」


 「お嬢様」と呼ばれたわたしは、15歳の乙女にふさわしい恥じらいをアピールして、女将さん──多分そうなのだろうと思います──に精いっぱいの笑顔を見せました。


「朝御飯に卵付きますが、よろしいですか」

「はい」

「生卵と、ゆで卵と、どちらがよろしいでしょ」

「あ……ゆで卵でお願いします」


 りご三郎君は旅館の廊下を、一人ですたすた歩いていってしまったので、わたしはあわてて後を追いました。


「どこへ行くの」

「君が出てくるまでこの辺でぶらぶらしてる。それとも一緒に露天風呂入る?」

「それは……いい」

「じゃ、行ってらっしゃい」


 「展望大浴場」という案内板に従って、わたしはエレベーターに乗りました。最上階で降り、「大浴場」と大書されている引き戸を開けて、無人の脱衣所に入りました。曇りガラスを透かして露天風呂が見えましたが、誰も入っている様子はありません。平日の、しかもまだ朝の7時前だから無理もないでしょうけれど、こうもひと気がないとかえって寂しくなります。もうじき学校のみんなは登校して、授業を受けるんだろうな、なんて考えると余計に後ろめたさが募りました。

 そして。


(まさか? 混浴というトラップの可能性は?)


 そんな疑念が頭をよぎりました。わたしがすっぽんぽんになって、大浴場に入ったタイミングであのちょんまげ野郎が乱入するというシナリオでは?


 でも、悪いことを考えたらきりがありません。もし、何者かが襲いかかるようなら、わたしは大声には自信がありましたから、思いっきり金切り声を上げて助けを呼ぼうと身構えつつ、生まれたままの姿になりました。そしてすっぽんぽんの体にタオルを巻いて露天風呂に通じる戸を開けました。


 ひんやりする風が体を撫で、タオルがはためきます。


 赤く色づいたもみじの、浴槽近くまで枝を垂れている庭園が、湯気の先に浮かび上がっています。そして遠くには緑の山並みが連なっていて、これぞまさに「ザ・露天風呂」という景色でした。洗い場を見回しても人影はなく、どうやらわたしは、朝一番の貸し切り状態を満喫できるらしいのです。


(こうなったら、とことん温泉旅館の朝風呂をエンジョイしてやろうじゃないの!)


 開き直ったわたしは女王モードを発動させて、しずしずと洗い場に向かいました。


 体を洗って、お湯に浸かります。

 家のバスタブとはまるで違う、皮膚からじんわり染み込んで解きほぐしてくれるような、乙女にはふさわしからぬ気分にしてしまいそうな湯加減に、わたしはほうっと息を(桃色に染まってはいません)を吐きました。いやー極楽極楽。そしてなんとも言えぬお湯の香り。


(やばい。このままだとデッサンが崩れちゃいそう)


 湯船の上は竹を組んだ屋根で覆われていて、見上げているうちに寝入ってしまいそうです。そんな状態で遠く近くから届く鳥の声を聞いていると身も心も、骨まで溶けてぷるぷるしたゼリー状のお菓子になってしまうようでした。


(でもいいのかな。平日の朝からこんな極楽気分で)


 そうなのです。学生であるということは、みだりに極楽気分になってはいけないという意味も含んでいるようなのです。あまりにもトローンとしてしまうと、すぐに後ろめたさという安全装置が作動するわたしは悲しい生き物なのでした。


(あの妖怪みたいな奴の親切に甘えていると、見返りに何を要求されるかわかったものではない。くわばらくわばら)


 などと考えていた時、脱衣場との間の戸が開いて誰かが入ってきました。直ちに身構えましたが、……男ではありません。大人の女性で、湯気の先に白い背中が見え、洗い場の腰かけに座って体を洗い始めました。


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