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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第二話 翌朝



         *  *  *



 普段通り登校したわたしは、お昼休みになってから中学時代からの親友の佐橋美奈代(さばしみなよ)に、朝の出来事を話しました。


「つまり、部屋を出るまでは夢を見てて、1階に降りてお父さんと話した時には夢から覚めてたっていうこと?」

「そうなるんだよね……」

「トイレ行くって部屋を出た時は、その、なんてったっけ」

「りご三郎」

「そうそう、その子はいたんでしょ」

「うん」

「で、お父さんと一緒に部屋に入ったら、いなかったと」

「うん。部屋中探したけどいなかった。人が隠れられるような場所は全部」


 お弁当のソーセージをフォークでくるくる回して眺めながら、美奈代は何か考え込んでいます。


「それ、最高にやばいかも」

「どうして?」

「莉奈がお父さん連れて戻るまでの間に、部屋を出て家の中のどっかに隠れたんだよ」

「えー!」

「お母さんは?」

「わたしと一緒に家を出た」

「とりあえず、それならよかった。でも留守中に家の中荒らされてる可能性はありだわ」


 わたしは、りご三郎と名乗った男の子の顔を思い浮かべます。とても夢の中とは思えないくらい、はっきりと記憶していました。その顔は、どう考えても悪事を働くような人には思えません。わたしが「トイレへ行きたい」と言ったらあっさりと出してくれたし、天井から落ちてくる時だって、わたしの上にのしかかるようなことはせず、お行儀よくベッドの横に舞い降りたのです。まるで、レンタルのDVDで見たピーターパンみたいに。

 そんな子が、空き巣みたいなことをして、家じゅう荒らしたりするというのはどうもピンと来ませんでした。


「パンツとか盗られてるだけならいいんじゃない?」

「えー……。そんなことする奴には見えなかったんだけど」

「見た目じゃ分かんないよ。中学生過ぎたら男なんてみんな変態なんだから」

「そうなのかなぁ」

「現金とか通帳とかカードとかやられたら最悪だよ? パンツぐらいなら買ってもらえばいいんだし」


 美奈代はわたしより勉強ができる子で、世の中のこともこんなふうにシビアに考えています。中学の時から付き合っている彼氏がいて、ときどき、わたしにのろけ話を聞かせるのがちょっと悔しいんだけれど、わたしの話をいつも親身になって聞いてくれるので、高校に入ったばかりの頃はずいぶん助けられました。

 2学期になった今は、わたしもすっかり落ち着いて高校生活になじんでいるんですけれども。


 家に帰って、家の中を見回りましたが、何も荒らされている様子はありません。お母さんが帰宅してから、念のために寝室や貴重品を点検してもらっても、何も異状はありませんでした。お酒を飲んで夜遅く帰ってきたお父さんには、「莉奈は年頃だから、いろんな夢を見たりするんだ」と豪快に笑われてしまいました。


 ちょっと複雑な気持ちになったわたしは、この春東京の大学に進学したお兄ちゃんと、朝の出来事をLINEで話しました。


お兄ちゃん「そいつの顔しっかり覚えてるのか」


                    わたし「うん、覚えてる」


お兄ちゃん「座敷童子ってやつかもしれないな」


                    わたし「座敷童子?」


お兄ちゃん「お父さんには見えなかったんだろう?」


                    わたし「うん」


お兄ちゃん「子供には見えて大人には見えないらしいから」


                   わたし「そうだよね。わたし子供だし」


お兄ちゃん「おいおい、そういう意味じゃないよ」


                    わたし「あ、いいの。平気平気」


お兄ちゃん「まあとにかく、その家の人間には悪さはしないらしいよ」


                    わたし「そうなの? よかった♡」


お兄ちゃん「おやすみ♡」


                    わたし「おやすみお兄ちゃん♡♡」


 ベッドに入って、あしたの授業のことなんかを考えながら眠りに落ちました。その夜は、特に夢を見ることもなく。

 翌朝、目が覚めたのは6時半過ぎ。天井には、彼が昨日の朝と同じように張り付いていました。


「わっ」

「わざとらしく驚かないでよ。おはようさん」

「お、おはようございます」


 わたしはベッドに寝たまま、布団を口元まで引っ張り上げました。座敷童子の少年は昨日と同じように、ゆっくりと天井から舞い降りて、ベッドの横に立ちました。それが、どう見ても背中や足からロープのようなものは出ていないのに、下手なワイヤーアクションみたいな動きなのです。こいつが本物の妖精みたいな奴だったら、それはそれでやばいかも。わたしはパニック気味の頭でそんなことを考えていました。


「き、昨日のこととか、怒ってますか?」

「昨日? ああ、お父さんのこと」

「は、はい」

「ひょっとして怖がってる?」

「いいえ、そんなことは」

「やっぱり怖がらせちゃったね。申し訳ない。じゃあ、自己紹介でもしよっか」


 そう言って、妖精もどきは自己紹介を始めました。それによりますと、彼は月の住人で、秋になるとこうして人間界に降りてきて、選ばれた人にサービスをしてあげるのだそうです。どんなサービスかはその年によって違うのだそうでした。さすがにわたしも高校生なので、もう幼稚園児みたいなおとぎ話はとっくに卒業していますから、そう簡単にだまされるわけにいきませんでした。


「月から、来たんですか」

「そう、月から」

「だって月には空気もないし、まだ誰も住んでないんじゃないですか」

「そりゃ、人間の目に見えてないだけだよ。人間に見えてないものが、世界にはたっくさんあるの」

「見えてないものがって……臆面もなくファンタジーの王道を攻めてきましたね。じゃ、なんでわたしには見えるんですかあなたが」

「鋭いところ突いてくるなあ。でも、見えなきゃサービスになんないと思わない?」


 「結構腰の強い奴だ」と思いましたが、こちらは身の安全がかかっているので、そう簡単に言いくるめられるわけにはいきません。


「別に、見えなくてもサービスできませんか?」

「見えないとできないサービスなの」

「そうなんですか」


 サービス。そう聞いて、乙女らしからぬいけない想像がわたしの頭に浮かんだのはとても残念でした。もちろん、ご遠慮したい、いや遠慮しなければならないのは言うまでも有馬温泉、いえ、ありません。


「そういうサービスは特に、というか、わたしは遠慮したいのですけれど」

「そう? 君の損になることは何もないよ」

「いえ、あなたから見てそうでも、わたしにとってどうなのかは」

「まあ、心配ならいいよ。トイレでも行って来たら?」

「いいんですか?」

「うん。でも君以外の人が来ると、おれ消えちゃうからね」

「わかりました」


 部屋を出る前、「机の引き出しとか開けないでくださいよ」とクギを刺そうかと思ったのですが、そう言われれば余計やりたがるタイプに見えたので黙っていました。


 お父さんが朝のシャワーを浴びる音が聞こえてきます。1階のトイレに入っている間、この後どうしようか考えました。


 彼は、わたし以外の誰かが来たら消えてしまうと言っていましたが、本当なのか嘘なのかわかりません。二日続けて現れるのはちょっと異常ですけれど、やっぱりわたしの夢なのだとしたら、わたしが一人で部屋に戻っても消えているはずです。それに、きょうもお父さんかお母さんに来てもらったら、毎日同じことを繰り返すようになってしまいます。これは、自分一人で解決しなければならない問題なのだと固く決心して、一人で階段を上がりました……。


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