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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第十六話 春合宿


 3月の終業式の日、2学年のクラス分けが決まって、また佐橋美奈代と同じクラスになりました。その日はたまたま練習がなかったので、放課後は美奈代と一緒に帰ることにしました。前にも言いましたけど、彼女には中学以来の彼氏がいます。そして高校生活1年が終わろうとしている今も、相変わらずうまくいっているみたいなのです。


 別の高校に通っているその彼氏は剣道部で、2年生になったら主将になることが決まってるらしいのでした。もうじき春合宿で、合宿中の1週間はLINEもできないのだそうです。バス停までの道を一緒に歩きながら、「それって心配じゃない?」と尋ねると、美奈代は首を横に振りました。


「合宿が明けて、会えた時の感動が大きいんだよ」

「へーえ」

「莉奈っちの彼氏なんかもう、半年たつじゃない?」

「ちょ、わたしの彼氏って!?」


 自分でもうろたえるほど、オーバーなリアクションを美奈代に見せてしまい、わたしは狼狽の極致に達しました。彼氏なんかいないっつーの。美奈代に言われて思い当たる男子といったら……ありえない。


「安心しなよ。わたしのところの天井には来てないから」

「だからあれは夢で」

「でも10月にもなって卓球部入ったのは、その夢の中の対戦がきっかけでしょ?」

「そうは言ったって……」


 まあ、わたし自身、高1で早々はやばやと彼氏持ちになるのにふさわしいキャラかどうか。


 ちなみにわたしの外見を申し上げますと、高校1年の3学期時点で身長156センチのちょっと細身、肩までの髪をゴムで縛ってあって眼鏡無しという、世間的にも地味過ぎるJKです。「だがそれがいい」というご意見もあるでしょうけど、まだ花開くにはもう少し時間がかかるだろうと自覚はしていたのでした。


「ナヨっちはさあ、このまま卒業まで沢井君と続いたら結婚も考えてる?」

「考えないよ」


 二つ返事だったのにはちょっと驚きでした。


「1学期が始まって、誰かカッコいい男子と仲良くなれたら、またそれはそれで別だよ。大学出るまでだって、ひょっとすると就職してからだって、いくらでも出会いはあるし」

「そうなんだね」


 やはり、美奈代の考え方はシビアです。今の沢井ひとし君との仲をそれほど真剣に考えてはいないみたいでした。

 真剣に考えすぎるのも良くないのでしょうか。超絶イケメン+王子様をいつまでも待っていたら、永久に恋愛なんかできないのかもしれない。月から来た妖怪風男子というのもちょっと微妙過ぎますけれど、友達の間で「高望みは臆病さの裏返し」みたいな話が出ると動揺してしまいます。


 でも、わたしはこう信じています。いいじゃん、臆病だって。


「結局は、成り行きだよね」

「そうそう。……つーかさ、莉奈っち、十分かわいいよ」

「また、いきなり」


 美奈代の口調がかなり意味ありげだったので、わたしは強いて笑いに紛らそうとしました。


「照れないの。卓球部入って良かったと思うよ。なんかこう、『エッジの効いた感じ』が出てきて」

「よくわかんない」

「そう? よく言うじゃん。『磨けば光る原石』とかって」

「わたしが?」

「そうかもしれないよ。ほら、よくうちのクラスに来るB組の卓球部の、なんつったっけ」

「野崎君?」

「うん、彼なんかどう?」

「えー。考えたこともないわ」


 彼には気の毒かもしれないですが、正直なところ気乗りのするタイプではなかったです。180センチ以上はありそうな高身長で誠実そうな感じがするのですけれど、女子のハートに訴えてくるものがありません。層の厚い男子部員の中ではレギュラー入りするのがたいへんで、新人戦でも補欠扱いでした。そんなこんなもあって、美奈代の言葉を借りれば「エッジの効いていない」印象が強かったのでしょう。



 卓球部の春合宿が始まりました。2日目の夜、宿舎の1年女子の部屋で消灯後に先輩の彼氏の話題になったのですが、「榊原先輩が花井コーチと付き合っている」と言い出した子がいて、みんなを驚かせました。


「うそー! あり得なくない? ばれたらコーチ首じゃん」

「誰に聞いたの?」

「M先輩(男子)が、他の先輩と話してたの小耳に挟んだ」

「単なる噂でしょそれ」


 ……みたいな話が布団の中の女子たちの間で盛り上がってしまったのですが、考えてみると、「カワセミ夫人」とつり合いが取れるような男子は、少なくとも卓球部の中では見当たりません。あれほど大人びていてゴージャスなオーラを身に纏っている榊原先輩が、同世代の男子と付き合うこと自体が想像しにくいので、たぶん大学生か社会人の恋人がいるのではと噂にはなっていました。だとしても、教師と道ならぬ恋に走るのは安易過ぎやしないか……などという疑問は数日のうちに解決しました。


 合宿最終日の夜、練習をサポートしてくれたOBの大学生を交えて、旅館の食堂で打ち上げが行われました。東京の大学に通っている男子のOBが、ビールで赤くなった顔で声を張り上げました。


「花井先輩(コーチはわたしたちの高校のOBでもあります)どうです? もうここらでオープンにしちゃってもよくないすか?」


 花井先生は何も答えず、にやにや笑っています。思わずわたしは榊原先輩の顔を見てしまったのですが、榊原さんは動揺する気配もなく隣席の女子の先輩と談笑していました。


「皆さん静粛に!」


 男性OBの呼び掛けに、食堂内が静かになりました。OBが立ち上がって打ち上げ会場をぐるりと見回し、なにやら重大な話を始める雰囲気を醸し出しました。


「えー、皆さんにとってもたいへん喜ばしい発表があります。このたび、現役諸君のコーチをしてくださっているこちらの花井佑太先輩が、晴れて来月に入籍なさることになりました!」


 満場から一斉に「えーっ」と声が上がり、男女のOBたちが一斉にヒューヒュー叫んだり口笛を鳴らします。続いて拍手が上がったので、わたしもつられて手を叩きました。拍手がやんだところで、OBが続きを始めます。


「お相手は、大学の卓球部で後輩だった○子さん。4年越しの交際を見事に結実なさったとのことで、既に式場の予約なども……」


 そこまで言って先生の顔を覗き込んだのですが、花井先生が小声で何か答えたのを聞いてから顔を上げ、照れ笑いを見せました。


「たいへん失礼しました! 式場の予約はまだだそうです! とにかく皆さん、花井先輩に盛大な拍手を!」


 こうして、コーチとカワセミ夫人が付き合っているという少女マンガチックな風説は打ち破られました。しかし打ち上げ会の終わり近くになると、外見と実力だけでなく人望もある榊原さんの周りに1、2年生の女子が集まり、「付き合っている男性」の真相に話題が集中しました。


「そりゃ、話をするくらいの相手は幾らでも」


 こういう人が「幾らでも」と発言すれば説得力があります。周りが一気にどよめきました。


「えー! どんな話をするんですか」

「受験のことがほとんどでしょ」

「受験から将来のことへ、そして個人的な趣味とか価値観なんかに話が進んでいくんじゃないですか?」

「めったにそんなところまでいかないけど」

「『めった』にはイくんですよね? 例えばどういう人と」


 こんな調子で座は大いに盛り上がったのでした。とにかく、花井先生の結婚話が公にされても榊原先輩に動揺している様子はまったく見られず、変な噂に踊らされたわたしは、ちょっぴり損をしたような気分になったのです。


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