第十五話 熱血運動部ドラマを絶賛展開中
その日はいつもより2時間遅く帰宅しました。晩御飯の時、卓球部に入ったことをお父さんに言うと、「ふーん、勉強大丈夫か?」と心配されたので、「もうテレビ観ないし、ゲームもやめる!」と勢いで言ってしまいました。
「お前らしくもないな。なんでいきなり、そんな決心を」
常日頃から、わたしのキャラを見切ったと思い込んでいたのでしょう。お父さんは完全に意表を突かれたような表情をしていました。
「うちの卓球部すっごく強いんだよ。キャプテンは『カワセミ夫人』って綽名で、もう高校卓球界のレジェンドなんだから」
「何だその『カマキリ夫人』てのは」
「『カマキリ』じゃなくて『カワセミ』。その人に少しでも追い付くように頑張る。卓球も勉強も」
口で言うのは簡単ですが、部活と勉強を両立させなくてはならない生活が始まってしまうと……後悔しなかったと言えば嘘になります。
とにかく、運動部の1年坊主になってしまった! まったりした帰宅部生活は永久におさらば。授業が終わったら部室に走って練習の準備→気合い入れて練習→夜暗くなってから帰宅という、めちゃくちゃハードな日常に突入しました。、まず、朝起きるのがつらくて、ベッドの中で「あと20分」「あと10分」「……うーん……あと5分だけ」と悶える日々が1カ月くらい続きました。学校へ行けば行ったで、遅くても4時間目の終わりくらいから激しい眠気が襲ってきます。お昼ご飯を食べた後ときたら……もう想像にお任せします。中学の時にも経験していたとはいえ、高校運動部のハードさは比較になりません。
それにしても、4月から入部した同級生はこんなに大変な日常を生きていたんだと思うと、半年間の帰宅部ライフが損だったのか得だったのかのかわからなくなってきます。
あと、同じクラスで佐藤美咲と吉野智恵理の二人が卓球部だったので、昼ご飯も彼女たちと一緒に食べることが多くなりました。卓球部の中のことも彼女たちに親切に教えてもらえたのはラッキーです。でも、2学期の途中になって入部する気になったことが二人には不思議なようでした。
11月も終わり頃になると、新しい生活にもだんだん慣れてきました。お昼休みに美奈代を交えて4人で雑談していた時、吉野智恵理から「どうしてまた2学期になって入部しようと思ったの?」と聞かれて、わたしはこう答えました。
「いやー実は、久し振りにプレーしたらものすごく自分がヘタになってるのが分かって、これじゃいかんと」
「それで一念発起?」
練習試合の個人で4勝している美咲の横で、美奈代がニヤニヤ笑いながら「本当のこと言っちゃっていい?」と囁きました。わたしは超真顔で、首振り人形みたいに首を横に振ったのですが、「やっぱ言っちゃう」と聞き入れません。
まー、知られちゃったっていいんだけど。
美奈代が「本当は夢の中で王子様と1セットプレーして負けそうになったんで、鍛え直すことにしたんだと」とばらしてしまうと、美咲と智恵理が「何それかわいい!」と吹き出しました。さらに美咲が「でも男子に負けなかったんだからすごいじゃん」と、事情を知らない者のコメントを付け加えます。
「王子だなんて盛り過ぎ。でもさー、素人のくせにどんどんレベル上げてってまじヤバイと思ったから、練習しないとって」
「なんか、一念発起の理由にしてはかわいすぎない?」
「うちらも4月の時にそういう動機が欲しかったよね」
どうやら、「先輩」たちにイジられる格好のネタを提供してしまったようでした。
これでは、練習に一層身を入れぬわけにはいかない。
12月には他校との初めての練習試合に出場して、……負けました。最初のセットは先取できたのですが、第2セットは序盤から崩れてしまい、第3セットではダブルスコアに近く差をつけられる始末。試合後、花井コーチにこってり油を搾られました。
「最初のセットを取って気が抜けたのか?」
「よくわからないです。緊張感が抜けたみたいな……」
「そんなんじゃだめだ! 罰として明日からお前だけランニング5周追加!」
運動部経験のない人は「無茶苦茶や」と思うかもしれませんが、このくらいは当たり前です。これはさすがにこたえたので、1月初めの次の練習試合にわたしは鬼の形相で臨み、2セット連取のストレート勝ちをしました。試合後、榊原先輩から「いいプレーだったよ。おめでとう」と言われた時はその場で飛び上がりたくなるほどでしたが、湧き上がる感動を押さえつつ「ありがとうございましたぁ!」と、周りがドン引きするほどの大声を張り上げました。
そうです。これこそが運動部の日常なのです。
どうしたはずみか、わたしは新人戦のメンバーにも選ばれました。まあ、1年の女子が少なかったというのもありますけど。それでも初戦を突破し、2回戦は負けたとはいえ接戦まで持ち込めたのは自分ながらまあまあだったと思います。こうしてわたしの高校1学年は、前半帰宅部、後半ガチの体育会系という極端な色分けで、3学期の終わりに近づきつつありました。




