第十四話 わたしは生まれ変わった
卓球部練習エリアは体育館のステージ沿いにあり、わたしとカワセミ夫人の1セット勝負の舞台となる卓球台が三つ鎮座しています。卓球部員は男女合わせて20人くらいが「○○高~ファイト、ファイト、おー!」と連呼しながらランニング中。もう完全に後には引けなくなってしまいました。
「それじゃ、莉奈ちゃんからサービスで」
「あ、はい。よろしくお願いします」
台の対面から榊原さんが送ってきた球を、わたしはうわの空で受け取りました。
「では、いきます!」
こうなったらもう、胸を借りるつもりで──。わたしは深呼吸してから、これぞ生涯最高の一打と念じてカワセミ夫人にサービスを送りました。が! 渾身のサーブを榊原さんはいとも簡単に拾ってレシーブしてきます。それも、りご三郎君なんかとは比較にならない厳しいコースに! 拾うのがやっとのわたしが大甘なレシーブを返したところ、これを待ち構えていたかのように榊原さんは身を躍らせ、閃光のようなスマッシュを放ってきました。
出た必殺技! 人呼んで「カワセミ落とし」!
カワセミ夫人の返球はうろたえるわたしの逆サイドに、しかもコーナーぎりぎりをかするようにランディングして、はるか彼方へ飛んでいったのでした。入部早々「カワセミ落とし」の洗礼を受けたわたしは、球を拾いに行くのも忘れて立ち尽くしてしまいました。
棒立ちのわたしの前に、息一つ乱すでもなく微笑んでいる榊原さんの視線にやっと気付いて、わたしは球を拾いにダッシュしました。そしてセカンドサービスを打ったのですが、今後は一発でブレイクされてしまいました。
「じゃ、次はわたしのサービスで」
……その後はどんなゲームをしたのかほとんど覚えていません。とにかくわたしのサービスは全部ブレイクされてしまい、榊原さんから1点も奪うことはできなかったのです。つまりパーフェクトのシャットアウト負け。ここまで徹底的にやられると、かえって気分がいいくらいです。晴れて新入部員となったわたしは、榊原先輩に大声でお礼をしました。
「ありがとうございました!」
ランニングを終えて戻ってた部員に、榊原先輩が「みんな!」と声を掛けました。
「きょう入部した1年の磯崎莉奈。なんで今ごろ入るのかよくわかんないけど、経験者みたいだからみんなよろしく。それじゃ磯崎!」
「はい!」
「きょうは帰っていいけど、明日から本格的に練習に入るから。1年生は授業が終わったら上級生より先に来て練習場と台の掃除をすること。それから体育館10周。練習が始まったら交替で球拾い。わかった?」
「わかりましたァ!」
こうして、ぬるま湯的な帰宅部生活は終わりを告げてしまいました。ハイテンションをキープしなければならない運動部ライフの始まりです。もう、生まれ変わるしかありません。
「おーう、どうした?」
後ろ側から、卓球部顧問の花井佑太先生に声を掛けられました。25歳の数学教師で独身、やせ形でイケメンというほどではないのですがそこそこに整った容姿をしています。数学が得意でないわたしは授業で何度かつらい思いをしているので、どちらかというと苦手なタイプの先生でした。
榊原さんが、その花井先生に「きょう新しく入部した1年生で、名前は……」とわたしを紹介しようとすると、先生は「磯崎だろ、知ってる」と言って、わたしの顔をじろりと見ました。
「今から入部? 本気か」
「はい本気です!」
「もう10月だぞ。夏合宿も終わったし年明けには新人戦があるが、構わないのか」
わたしは「はい、どうしても卓球をやりたくて」と答えるしかありません。花井先生は「わかった」と言って、眼鏡の奥から厳しい視線を向けてきました。
「他の1年生は夏合宿経験して半年間練習を積んできてるから、お前から見たらもう先輩だ。それはわかってるんだな?」
「あの、コーチ」
到底自分から言い出せる空気ではなかったことを、榊原さんが花井先生に言ってしまうらしく、わたしは狼狽の極致に達しました。
「彼女、練習は週3日だけにしたいって。わたしはOKしたんですが」
「なんだと!」
花井先生にものすごい目つきで睨まれ、わたしは「いえ、それは、まだ」とか、ごにょごにょ見苦しい弁解を始めました。
「基本的にはお前の自由だ。ただし、それで済むかどうかよく考えろ」
「はい!」
自分でもよくわからないテンションに突き動かされるまま、わたしは力強く返事をしていました。こうして、週3日練習などという大甘なたくらみは初日のうちに崩れ去ったのです。




