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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第十三話 カワセミ夫人


 うちの高校の卓球部は、県下でも結構強い方です。全国大会の常連校で、中学校の時から名前を知られたツワモノも入部しています。放課後も他の運動部より遅くまで練習しているみたいで、わたしが秋まで入部しないでいた理由はそのへんにあったりもするのです。


 そんなわけで、わたしは相当に自分勝手なアイデアを考えつきました。その、あまり褒められたものではないたくらみを胸に、卓球部のドアを叩いたのでした。


 授業が終わったばかりの午後3時50分ごろですから、まだ練習は始まっていないはず。ドアの奥から「どうぞ」と女子の声が聞こえたので、わたしは「失礼します」と言ってドアを開けました。


 部室には、ユニフォームに着替えた上級生の女子が一人だけでした。テーブルに広げたノートに何か書いていたらしく、椅子に座ったまま、わたしに「お嬢ちゃん何しに来たの?」みたいな笑顔を向けてきます。実は、この人をわたしは知っていました。


 というより、校内では超有名人ですから知らない方がおかしい。そう、彼女こそは卓球部女子のキャプテンを務めている2年生の榊原みどりさん。その名を知らぬ男子はモグリと蔑まれても文句の言えない超絶美少女で、勉強の成績も学年トップ、まさに「全方位に死角なし」という、スクールカーストの最上位に君臨する女性なのです。そして卓球選手としてはこの夏の県大会では個人優勝を果たし、「カワセミ夫人」の異名(誰がどんな意味で付けたのかわたしは知りません)が全県に轟いているとなれば、ほとんど漫画の世界の住人と言ってよいでしょう。


 その、リアルな「カワセミ夫人」が部室のテーブルの前に座って微笑みかけてきたというだけで、わたしみたいな生まれながらのモブキャラは全身が硬直し、どっと変な汗が湧いてしまうのです。


 ひええ……。よりによって、しょっぱなからカワセミ夫人とご対面かよ……。


 ユニフォーム姿の「カワセミ夫人」──榊原翠さん──は、ドアを開けたまま入り口で固まっているわたしに、女神のような声で語りかけてきます。


「こんにちは」

「はっ……はい、こん、にちは」

「ひょっとして1年生?」

「あ、は、はい……」

「じゃ、そんなところに立ってないで、中に入って」

「は、……し、失礼します」


 中に入ってドアを後ろ手に閉めると、中学生の時より一層濃厚な運動部室特有の香りが、これでもかと脳に押し寄せてきます。「どうぞ」と榊原さんに促されて、テーブルの前に差し向かいに座ったのはいいのですが、なかなか顔を上げられません。1年生が10月にもなって入部するなどということのハードルの高さが、その時になって突然のしかかってきた気がしたのです。


「初めまして、あの、わたし1年C組の磯崎莉奈と申します」

「磯崎さんというのね。きょうは何のご用?」

「あ、あの、実は」


 ええい、ここまで来たら引き返せない! 勇気出して言っちゃえ!


「もう10月なんですけど、入部できるでしょうかっ!」

「え? 入部したいの?」


 榊原さんが大きな声を出したので、思わず顔を上げて「駄目ですか?」と聞き返してしまいました。


「駄目どころか、大歓迎! 中学の時にやってた?」

「はい、一応」

「じゃあなおさら、ようこそ卓球部へ。今、うちは1年生が足りなくってね。4月入部の子が6人いたんだけど3人辞めちゃったの」

「そうなんですか……でも、ちょっと、お願いがあるんですが」

「何?」

「あの、週3日だけ練習に出るという形でもいいですか?」


 口に出してしまって、後悔で顔から火が出そうになりました。入部希望者の分際でなんと身勝手な! あのカワセミ夫人に張り飛ばされたりしたら、高校生活最大の汚点を残してしまう! ……でも榊原さんは「あ、そうなの。いいわよ」とあっさり認めてくれたのです。よかったー!


 しかし……。


「今、自分のラケットは持ってる?」

「はい? あ、はい! 持ってきてます」

「1セットやらない?」

「それは……」

「わたしと」


 ひえーっ! 入部早々いきなりカワセミ夫人とお手合わせでございますか! いえ、まだわたし正式に入部したわけでもないのですが、それは許されても良いのでしょうか……などとうろたえている場合ではありません。


「都合悪いの?」

「いえっ! 謹んでお相手させていただきます!」

「じゃ、着替えて」


 体育館の方から、練習前のランニングに励む部員たちの掛け声が聞こえてくる中で、わたしはバッグから体操着を出しておずおずと着替え始めました。こうして、はやばやと新入部員の烙印を押されてしまったわたしは、恐れ多くもカワセミ夫人にお手合わせしていただくことになってしまったのでした。


「着替えた? じゃあ先にコートに出てて」


 榊原さんに促され、まるで女の子の初体験みたいな緊張ぶりで、中学校時代から愛用のシェイクハンドを手にしたわたしは部室の反対側にあるドアから体育館に入場しました。バスケ部やバレー部の掛け声、床にシューズの軋る音が耳に飛び込んできて、全身がカッと熱くなります。コロシアムに入場した剣闘士の心境です。


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