第十二話 まったり帰宅部ライフにサヨナラ
階段を下り、洗面所で歯を磨いていると、お母さんから声を掛けられました。
「ご飯できたわよ。あれ? もう歯を磨いてるの」
「うん。おはんいあはいはら」(うん。ご飯いらないから)
「どうして」
「おあはいっあひ」(お腹いっぱい)
「変ね。でもお弁当は忘れないようにね?」
「あーい」(はーい)
歯を磨き終え、お弁当をバッグに入れて「行ってきまーす!」とことさら元気な声を残して家を出ました。きょうは平日です! 気合いで乗り切らなければいけません!
昼休みになって、校舎の屋上で美奈代とお弁当を食べながら、その日朝の出来事=夢について正直に話しました。前の日に心配をかけたので黙っているわけにもいかなかったのですが、わたしが「夢だった」と言っても、美奈代は腑に落ちないような顔をしています。
「夢だった方が都合がいい?」
「そうかなって」
「まあパンツも盗られてなかったみたいだし、楽しい夢を見られてよかった、一件落着ってことでしょ」
「どうしてパンツにこだわるの」
「リアルな事件だったらそういう展開になんない? 普通」
美奈代の殺伐過ぎる世界観には時々ついていけなくなるのですが、それだけ自分が子供なのか、などと思わされてしまうこともあります。だから友達として頼りにしているのも確かなのですけれど。
「でもさ、その、誰だっけ」
「りご三郎」
「うん。ひょっとしてその彼にパンツでもプレゼントした方が良かったって思ってたり」
思わず私は、お弁当のおかず=炒めたブロッコリーで美奈代の頭をぶつ仕草をしました。
「やめてよ。見たらわかるけどぜんぜんイケてない奴なんだから」
「でも、イケてないって覚えてるほどリアルな体験だったんじゃん。パリで2時間過ごした分、お腹の減り方も半端じゃなかったわけで」
「そうだね……」
実は3時間目の終わりに襲ってきた猛烈な空腹感に耐えられず、校内の売店でメロンパンを買って食べたのです。このことは美奈代には話していませんでした。
「ガチの卓球勝負した記憶も体の隅々に残ってるし」
「確かに。まだ手足張ってる」
美奈代はご飯を水筒のお茶で流し込んでから、意味ありげな視線を向けてきました。
「やっぱうちら、ファンタジー世界に突入しちゃったのかも。明日の朝にはわたしの家に来る可能性もありだよ。それでもいい?」
なぜなのか、ちょっとドギマギしました。そんな顔色を美奈代に悟られているのは百も承知でしたし、いかにもわざとらしい口調でわたしは、こう言い返したのでした。
「いいよぉ? もしナヨっちのところに来たら『またよろしく』って言っといて」
こうして、とにかくその日は無難に学校の日程を乗り切り、模範的な帰宅部員として家路についたのでした。自分の部屋で宿題を済ませて晩御飯を食べ、お風呂に入るまで、両親との間で「変な奴」の話題が出ることはありませんでした。お兄ちゃんには一応、LINEで報告はしたのですけれど。
お兄ちゃん「そうか。やっぱり座敷童子だったか」
わたし「うん。妖怪ってみんなああいうふうかな」
お兄ちゃん「本当に、何の見返りも要求されなかった?」
わたし「なかった。だから夢だと思うことにしたんだけど」
お兄ちゃん「また現れるかもしれないから、気を付けた方がいいよ」
わたし「そうなの?」
お兄ちゃん「うん。温泉旅館やパリに連れて行ってくれたのにタダだなんて、気味が悪いよ」
わたし「だよね。もし今度現れたら問い詰めてみる」
お兄ちゃん「ただの夢だったらいいね。おやすみ♡」
わたし「おやすみお兄ちゃん♡♡」
結局、翌朝もその次の朝も、座敷童子?君が姿を見せることはありませんでした。やっぱりわたしは、どうかしていたのでしょうか? でも、たとえ夢だったとしても、わたしのJKライフを揺るがす事件だったのに違いなかったことを、ここに告白しなければいけません。
そうなのです。何よりもわたしには、卓球部に入らないわけにはいかないフラグが立てられてしまいました。
りご三郎君と勝負したあの1セットで、わたしの中の何かに火が付いてしまったのは間違いないのですが、たとえそうでなくてもこういう成り行きというか行きがかり上、嫌でも足を一歩踏み出さないわけにはいかない。そういうことってありますよね?
というわけで、りご三郎君との旅から1週間後、わたしは卓球部の部室の前に立っていました。




