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りご三郎君とのフシギな旅  作者: 井之四花 頂
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第一話 「月から来た」と言われても……。

もうじき9月。これは2学期に入ってからの物語。


 朝、目が覚めるといつもの天井……かと思ったら、そうではありませんでした。


 天井に張り付いた同い年くらいの男の子がわたしを見下ろして笑っています。こりゃ悪夢の続きかと思って、軽く「ひっ」と声を上げてしまいました。


「やあ」


 その少年は静かに天井を離れて、私のベッドの横に危なげもなくすっと着地します。わたしは反射的に掛け布団で胸元を押さえて、身構えました。


「誰?」

「おはようさん」


 両親を呼ぼうと思ったのに、うまく声が出ません。わたしの目の前に立っているのは、本当に変な奴でした。

 歳はわたしと同じくらいに見えるんだけど、髪の毛をひものようなものでぐるぐる巻きに縛って、頭に直角に立てています。ヘアースタイルからして変態です。そして丈の短い浴衣のような縦縞の着物の腰を細い帯で縛り、上とお揃いの柄のバミューダパンツみたいなものを履いていました。そして膝の下は黒く細い布を(くるぶし)まで巻きつけていて、裸足でした。

 その顔は───頬がこけていて猿みたいです。目だけは無闇につぶらで、わたしは、こんな感じの若手の俳優さんがいたなあ、なんて頭のどこかで思いました。そんな変な奴が腕組みをして、瞳をキラキラさせながらわたしを見ていたのでした。


「警察を呼びますよ」

「まあ、そう邪険にしないで。あ、おれの名はりご三郎」

「りご……?」

「ひらがなで『りご』に、あとは普通の『三郎』」

「なんでここにいるんですか」

「それはね……」


 この、ふざけた奴は片手で顎を掻いて何か考えるような仕草をしていました。とりあえず、わたしに襲いかかる様子はなさそうに見えるのですが、変態の趣味には、15歳の少女に想像もつかない世界が広がっているらしいことは聞いています。わたしは相手に(さと)られないよう目だけ動かし、部屋の中で武器になりそうなものを必死になって物色しました。


「ぶっちゃけて言うとね、おれは月から来たの。秋になるとこうやって降りて来るのさ」


 なんですかその、陳腐なファンタジー設定は。今どきはやると思ってるんですか。


 だいたい、人類が月面に着いてから何十年経つと思ってるんですか。「月の世界から来ました」設定はもう、いくらなんでも無理がありすぎでは?


 ……もちろんわたしは、そんなことを口に出して目の前の変な奴を刺激しては得策でないと思い、黙っていたのです。そして武器になりそうなものは、机の本棚の横に袋に入れて立ててある小学生時代のリコーダーぐらいしかありません。


 というわけで、わたしはおとなしく相手の話に合わせることにしました。


「月から? どうして秋になると降りて来るんですか」

「そういう決まりなの。で、お邪魔した先の人に、ちょっとしたサービスをしてあげるってわけ」

「遠慮します」

「まあそう言わずに」

「あの」

「ん?」


 この、とぼけた奴にうまく話を合わせれば襲われずに済むかもしれない。わたしは、できるだけ何気ないそぶりを装って言いました。


「ちょっと、トイレに行ってきていいですか?」

「あ、いいよ」


 そうです。トイレに行きたいという妙齢の女子を邪魔できるものなど、この世に存在するはずはありません。あっていいはずはありません。わたしは用心深くベッドから下りて、彼の横を通り抜けてドアのところまで行きました。そしてドアをすばやく開けて後ろ手に閉め、階段を駆け下りました。


 リヴィングではお父さんが朝食を食べていました。


莉奈(りな)、どうしたそんなにあわてて」

「部屋に変なのがいるの」

「変なの?」


 お父さんが眉間に皺を寄せ、わたしのただ事ではない声を聞いたお母さんもキッチンから出てきました。


「変な男が、わたしの部屋に入り込んで」


 お父さんが箸を置いて立ち上がります。部屋の隅に立て掛けてあったゴルフのドライバーを取り、わたしの横を通り抜けて階段に向かいました。


「どんな男だ」

「わたしと同じくらいの若い奴。変な格好してて」

「窓から入ってきたのか」

「わかんない。天井から下りてきたの」

「天井?」


 部屋の前まで来て、お父さんはわたしの顔を見てから、ドアを開けました。

 お父さんの背中に隠れるようにして、自分も部屋に入ったのですが、中には誰もいません。


「どうした。夢でも見てたんじゃないのか」

「そんな……」


 きょろきょろ見回すわたしの前で、お父さんは窓際まで行き、カーテンを開けました。部屋に朝の光がさっと差し込みます。


「窓にも鍵が掛かっている。寝惚けていたんだろう」


 衣装ケースを開けて見ても、高校の制服と私服が吊るされてあるだけです。部屋のすみずみまで見回して、どこにも隠れていないことを確かめると、お父さんは「夢だったんだよ」と言って出て行きました。


 時計を見ると、目が覚めてから15分経っています。遅刻するわけにもいかないので、わたしは夢だったんだと思うことにしました。


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