イリア先生! ファイアウォール編
「ねぇ聞いてよ~」
夕飯の支度を済ませ、まな板を洗っている最中のこと。
居間でパソコンを開いていた我が妹が声をかけてきた。
「ちょっと待ってて……」
洗い物を済ませ、おかずが乗った皿を持って行って並べて、妹の対面に着席する。
二人で手を合わせて「いただきます」と口にしてから、続きを促した。
「それで、何を聞いてほしいって?」
「それがさぁ――――」
我が妹は、国家試験をクリアして認められたハイクラスの魔法使いだ。
更に、世界規模で使われている高度情報魔法と結界魔法の中クラス試験を突破し、国内で社会人向けの魔法学校の講師として働いている強者だ。
密林の奥や深海、更に宇宙で活躍する冒険者を目指していたはずが、いつの間にどう夢が変わったのかは知らない。
そんな妹が語り出したのは、以下のような出来事に対しての不満だった。
今日は初級結界魔法の講義と演習があった。
初級と言っても、幼稚園児でも扱えるものではなく、社会人なら持っておきたいインターネット上における違法ハッキング&クラッキング対策用のものなので、現実世界で使うものよりも少しだけ複雑なものになっている。
両親もそれなりに使えるが、私は、半世紀前までに見られた魔法不使用のものや簡単な不正アクセスに対応できるだけで、本格的なものを相手にはできない。
計算ソフトや文章作成ソフトなどが自由自在に使えるようになるようなもの、とは妹の言葉だ。
この初級結界魔法が使えるようになると、勉強して努力すれば中級クラスまでの応用も含めた情報魔法を操れるようになる。
だが、これが中々難しいのだ。
『イリア先生~』
『何でしょうか?』
『結界が上手くウイルスを焼いてくれないんですけども』
妹に質問をしてきたのは、この春に大学を卒業して、就職したばかりだというハーピー族の女の子らしい。会社に就職できたのはいいが、素人レベルの情報魔法しか使用できなかったことで仲良くなった先輩の手を煩わせてしまったことを反省し、大慌てで勉強をしに来たのだという。
そんないい子の発動した結界を見た妹は――――愕然とした。
「ファイアウォールを張ってって指示を出したのに、サンダーウォールを張ってたのよ、その子」
「え、焼くのはファイアウォールでしょ?」
「そうなんだけれど、その子、脳内詠唱を三部分ほど間違えててね……」
「へぇ……」
初級ファイアウォールって四句から成っているから、一つしか合っていない。ダメじゃん。
『慌てないで、ウイルスを確実に焼くのは炎の壁、と覚えておいてくださいね』
『は、はい』
話しを聞いている限り、別にそれでいいと思う。
魔法を使うようになり、大昔使われていた本来の意味とは別にのものになっているため、現在のファイアウォールと言えば防火壁ではなく、炎の壁そのものになっている。
ちなみに、私が最初に使った結界魔法で出現させたのは、防火壁だった。中学時代、情報魔法の授業のときだった。隣に座っていた、今も付き合いのある友人のケンタウロスの子が悶えていたのを覚えている。
それに比べれば、それくらいのミスは可愛いものだ。
「ハーピーさんはそれでよかったんだけれど、ね」
ハーピーさん以外にも何人か失敗している生徒さんはいて、中にはウォール系ではなく、吸引&粉砕の魔法を使っていた子もいたと言う。
『イリア先生!』
『どうかされましたか?』
『あの、練習用データが消去されたんですが、どうしてでしょうか?!』
『えぇとですね? 吸引と粉砕の魔法は、色々と準備をしてから使用しないといけないので……。あれ、でもこの詠唱はどこから取ってきたんですか?』
『詠唱フォルダの中から、『防御魔法②』というファイルがあったので、そこから引っ張ってきました!!』
『あー、それはもう少し先で使うものですね。開いてほしいって言ったのは、『防御魔法①』のファイルですね~』
『すみません! あ、あった! ありがとうございます!!』
『いえいえ~』
「違うでしょ、て! 私は二度も①のファイルを選択して、そこからファイアウォールを使ってほしいって言ったのに、どうして②を選んだうえに、違う名前の魔法を選択するのよって!」
「あぁ、うん」
わかるわ。
今も付き合いのある友人の勇者ちゃん姉が、情報の授業で似たようなことしてたなぁ。確か理由が、「壁で巨人は止められないんだよ!」だった気がする。コンピュータの情報関連の話で、どうしてそんな話が出てきたのかと言えば、彼女が中二病チックな思考をしていたからだ。リアル中二の夏だった。
その時、勇者ちゃん姉の隣の隣に座っていた……えと、シンモラさん、だったかな、が、「フルダイブしても、流石に情報魔法で作られた壁は壊せないかなぁ」と笑っていたのを思い出した。可愛かったなぁ……。
いけないいけない。思考が一瞬、あらぬ方向へぶっ飛んでいた。
「でもまぁ、そう言う間違いは……稀に、うん、稀にあるよね?」
「三回も繰り返されたんだけど」
『何でまたこのファイルを選んだんですか?』
『あ、すみません!』
『大丈夫です。これは練習ですから、慌てなくもいいですよ。ほら、ボードにも書いてありますし、わからなければ前を見たりもしてくださいね?』
そんな風に、二回目も注意した上で、三回目。
『あの、これは?』
『はい、粉砕魔法です!』
『ええと、選ぶのは①のファイルです……』
流石に四回目はなく、その生徒は無事、ファイアウォールの使用に成功したらしい。
「講師の仕事だから、慣れてはいるんだけどさぁ。流石に私も口調がキツくなるところだった。アン先生がフォローに入ってくれてよかった」
「お疲れ様」
「まぁ、この子もマシと言えばマシだった。最後のエキドナのお姉さんが一番疲れた」
『イリア先生』
『どうされましたか?』
『ファイルを選んで展開してから詠唱もしたんだが、全然ウイルスが焼かれんのだが?』
真顔に堅い口調でそう言ってきたので確認してみたところ、選んだのがそもそも練習用データではなく、試験対策用データだった。しかも、応用問題のため、数種類の結界魔法を使用する、少し難しい内容らしい。
『最初に選択したデータが違いますね。こちらの練習用データを選んでくださいね』
『ん? おぉ、間違えていた。まったく、隣に置いておかず少し離れた場所にあれば間違わずに済むというのに』
「はぁっ、てならない?! その人、私より少し年上で主婦なんだけど、前職は陸自の魔法使いだったんだよ?!」
「うん、そうなんだ?」
「なのにエッグバーガーとエッグチキンバーガーが隣り同士に並んでたから選び間違えたとかほざいたケイン先生と同じ理屈こねちゃってさぁ! アンタが頼んだのはエッグバーガーであってチキンなんて一言も言ってないし! ちゃんとそこに表記されている文字を読めっての!! ゲームしてないで店員さんの復唱ちゃんと聞きなさいって話よもう!! 後ろで待っている私たちの身にもなってほしいわ!」
「……。何故そこでハンバーガー屋の話題が?」
「ケイン先生が店員さんにいちゃもんつけてレジが込み合って……とにかく、私とアン先生の食事と休憩時間が減った事を思い出してつい」
「あ、うん、それは、ね?」
途中で別の店に移動すればいいのに、と思わないこともないけれど、突っ込まないでおこう。
食べ物の恨みは恐ろしい。それは今も昔も変わらない。
後、ケイン先生、自分の言った事には責任を持とう。周りで見聞きしている人は言わないだけで案外聞いているゾ?
私も妹と似たような体験がある。おのれ課長……課長が頼んだのは月見うどんで、天ぷらソバなんか一言も言ってないって、皆聞いてたんだからねェ……私たち嘘ついてないですかラ、ウエノモノニムカッテトカ ソウイウハナシジャナイデスカラ、トリヒキサキノエライヒトガスコシハナレタセキニイテコッチヲミテイテ ソノメセンガツメタカッタカラ アセッタシヨケイコトキブンワルカッタンダゾテメェ……。
おっと、思い出したら怒気とうさ耳が出そうになった……妹の話の続きを聞こうっと。
「しかも態度が超エラそう! 前職関連の特技が現実での結界魔法の構築らしいから、色々思うところはあるのかもしれないけれど、言い訳がましいと思わないお姉ちゃん?!」
「思う」
「しかもアン先生にも上から目線で、コボルトの子が苦手って相談してきたから席を少し変えてもらうようにしたし……校長からは何とかしてねって丸投げされるし」
「校長先生、本気出したら問題なく解決できるのにね」
「そうそう! 授業の最後に復習用の小テストをやったけど、最下位はその人だったからね? ハーピーの子もデュラハンの子(粉砕魔法の生徒さん)も合格点は取れてたってのに!」
「そうなんだ。あれ、じゃあ帰りがちょっと遅かったのは、そのエキドナさんに追試をしていたから?」
「うぅん、追試は明日。授業が全部終わってから、今日のところを色々教えて欲しいって頼んできたから、見ていたの。ずっと偉そうだったわ」
「あ、うん」
「まぁ、根っこは真面目な人みたいだし、やれば出来る人だったから、思ってたよりも速く終わったけどね」
「お疲れ様」
なるほど、今回もまた、妹の好きなプリンを作っておいてやるかな。ワッフルもつけておこうか。
「で、ミザリーさんってば、終わったら私に「感謝する」って言ったんだけどね」
「うん」
ミザリーさんってエキドナさんのことでいいんだよね。
「明後日から結界魔法の応用と、逆探知とか、この後そこそこ難しいのとかが続くからさ。さっきの子たちも一緒に面倒を見るかもしれないし、放課後に毎日居残りさせられてたら、お給料でないから少し困るというか、時間がというか……」
「……校長先生に言って、何日かケイン先生に引き受けさせるようにしてもらえば?」
「そうしてみる」
こんな風に文句を言ってはいるけれど、妹はそれでも、この講師の仕事を辞めていない。
お給料は安くはないが高くもない。残業代は出ない、グレーな会社。
妹の実力なら他にいくらでも雇いたいという良い仕事先があるはずなのに、それでもこの仕事をしているということは、昔の夢だった冒険者とは別の、新しい道を見つけて、そこが楽しいということなんだろう。
勝手に、そう解釈しておく。
「明日は迎えに来てよお姉ちゃん」
「仕事終わったらそのまま飲み会なの。自分の足で帰ってきなさいエキスパートウィッチ」
「むぅ、いいもん、タツくんに迎えに来てもらうもん」
「やめて、お姉さんに殺される。私が」
「大丈夫大丈夫。けっちーなら笑顔でタツくん貸してくれるよ」
「いいから自分の足で帰ってきなさい、甘えん坊ウサギ!」




