雨は負けず
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雨宮雅治。
幼い頃のアニメの影響で特訓を始める。そのストイックな姿は周りを寄せ付けないほどだった。何が彼をそこまで突き動かすのか、周囲の人間には謎だった。
走りながら問題を解き、吐くほど走った後に勉強する。長距離、短距離、それぞれに自分が描く理想のフォームを追い求め、必要と思った筋肉を重点的に鍛え上げ、故障しないようにバランスよく他の箇所も鍛える。腹筋、背筋、腕立ての筋肉トレーニングは勿論のこと、空気椅子や逆立ち走、音を聞き分けれるように音感を鍛え、目を良くするため遠くの物を見分けれるトレーニング、感覚を鍛えるために目を瞑りながら色んな作業をするなどなど…。彼は授業は真面目に受け、休憩中に訓練を行う。
彼の修練は朝早くから始まり、寝るまでが訓練だった。体を鍛え、思考を止めず、常に強くなることの為に時間を使おうとした。
小学4年生になる頃には周りの人間は彼の動きについていけないようになり、遊びの離れは心の距離の離れにも繋がった。
だが、彼を無視するにはあまりにも彼は優秀だった。運動会に、球技大会、発表会、学校の行事での彼の活躍は凄まじかった。そう、無視するにはあまりにも眩しい存在だったのだ。
彼は公立の中学校に進学した。私立の進学校に入って勉強オンリーの生活だけは避けたかったのだ。勿論部活にも入らない。
中学から彼を知ることになった者たちには彼は目障りだった。運動部に入って練習する訳ではないのに、自分達より速く上手い。その上、学年上位の成績に甘いルックスもあって彼は女子に人気が出た。
彼はストイックのあまりに強くなること以外のことに興味を示すことはなかった。女子もそれを知っているのでファンクラブも秘密裏に結成され、陰で応援するのが暗黙の了解とされた。
男子には面白くない。なんせ自分が好きな子もファンクラブに入ってることに気づけば尚更だ。
男子は徒党を組み、彼に絡んだ。彼も運動は出来ても喧嘩はあまりしたことがなく、実践経験はなかったので数の暴力に敗北する。彼にとってそれは衝撃的な現実だった。
自分は凄まじく努力を重ねたつもりだった。それでも足りない。まるでアニメの敗北する敵キャラのように…。
その頃から彼は少数派を数の力で制圧する全てを、軽蔑し忌み嫌うようになった。
その衝撃的な出来事から、彼の中学生活での目標は格闘技の修得になった。筋肉は今までに鍛えてあるし、持久力など基礎体力は充分にある。サンドバッグをいつものトレーニング場にしている裏山の木にくくりつけ、ひたすら打ち方を研究した。パンチの出し方に蹴りのフォーム、人体急所にどの角度で打てばいいのか、イメージしながら何回も反復を繰り返す。
実践経験はまだないが、複数でもとりあえず1対1の場面を多く作り出すことで数の不利を無くそうとフットワークをイメージしながら拳や脚を繰り出す。
彼は絡まれ時のリベンジに成功した。全員の腹部に強烈なブローを叩き込み立たせなくし、保健室に連れて行き、
「お前らこれが足りないんじゃない?」
そう言って背中と腕の筋肉を見せると男子たちは呆然とする。鍛えられた肉体だと理解したからだ。そして彼は、お大事にと言って保健室を去った。
実践経験の重要性を理解した彼は困った。また絡んで来てくれれば、また返り討ちを理由に攻撃出来るが、もう来ないだろうと踏んでいた。かといって自分から仕掛けるのは嫌だった。格闘技を学ぶために部屋の門を叩くと、喧嘩に使うのを禁止されるだろう。それも嫌だと思った。
(葱をしょった不良はいませんかね~)
彼は放課後ゲームセンターをはしごした。でもなかなか絡んではきてくれない。格闘ゲームをプレーして帰った。
体育の授業で柔道はあったが、それ以外の格闘技の項目はなかった。残念ながら中学の柔道は関節の決め技や絞め技は禁止されていたので学ぶことは出来なかった。
それでも受け身の取り方や投げ技はマスター出来たので彼はそれなりに満足した。
中学校生活は肉体の鍛練と格闘技の修行に費やしたが、高校生活では少し色を変える。
彼が目につけたのはオカルト、心霊だった。それからの彼はバイトを始め、貯めたお金で自転車で爆走し、曰く付きの場所へ出掛けるようになる。近場から電車やバスで遠出するようになり、夏休みは危険ながらも樹海へ行った。
物理以外のことわりがそこには存在していた。取り憑かれた霊を払うのは苦労したが、それのお蔭で精神の流れを自覚することが出来た。
霊は存在した。
霊とは強すぎる思念が漂っているモノ、思念のエネルギー体。それなら生きている自分は霊より強いエネルギーを生み出すことも出来るはずなのだと彼は考えた。
精神が思念を作る。精神をコントロールする方法を会得出来たならば、思念エネルギーを生み出せるはずだと。
精神コントロールの為にまず行ったことは呼吸を知りコントロールすることだった。呼吸は無意識にしているもの、誕生したときから自然にしていたもの、意識して練習をしたことがない。
実はよく知らない呼吸を学ぶ。それが遠いように見えて近道なのではないかと思えて仕方なかった。
意図的に呼吸をしては意味がない。自然に行っている呼吸を感じる事に意味がある。ひたすら彼は無心になった。
ある日、無心になりながらも彼は自分が自分でなくなっていくことに気付く。それは客観的に自分を見ていたのだ。まるで体から抜け出して、真上から自分を見ている感覚に陥った。
無心に呼吸を感じることに努めあげて二年。彼は知らないうちに自分の精神を分裂させていたことに気付く。人格が新たに生まれていたのだ。
意図していたことと違ったが朝と夜で交替させ、彼の修練は続いていく。
彼の強くなりたいという渇望はますます大きくなったのだった。
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