増殖はじめました
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小学二年生の夏。
年上の高校球児が熱戦を繰り広げる夏。
朝の時間帯に子供向けのアニメが始まった時、僕は忘れていた気持ちを思い出した。
キャラクターへの強い憧れ。並列思考や魔法を使いこなすロマン、強くなりたい気持ち。
人は簡単に忘れてしまう生き物なのだと僕は思い知った。
自分的には本気で憧れたつもりだった。たかだかアニメのキャラクターなのかもしれない。それでも僕は格好いいと強く思っていた。
でも、それはあくまで<つもり>だったようだ。
僕は自己嫌悪に陥りながらもとりあえず録画した。きちんとラベルを貼って分かりやすいように保管した。勉強机の目につきやすい所に置いてあるので、もう忘れない。
あのキャラは魔法や思考能力の他に肉体も凄かった。並列思考の方にばかり目がいきすぎて失念していた。
“健全な精神は健全な肉体に宿るのだ“
分からないのはひとまず置いておこう。僕はひたすら走った。やるべき事がクリアになったために、心もスッキリした。
だから、僕はひたすら走った。肉体強化のまず第一歩、それは持久力だ。
小学校には冬季にマラソン大会がある。その為夏休みに入る前から学校の運動場を走り、何十日と走った合計距離でフルマラソンを達成しましょうと練習が始まるのだ。僕は達成してからもひたすら走った。
以前より体力がついてきたと自覚してからは、走りながら色々考えるようにしてみた。
運動場を1周走り終えるまでに、教科書ドリルの算数の答えを計算する。答えをプリントに書き、また繰り返す。
それ以外には理想のフォームで走れるように腕の振りを意識する。足の運びを意識する。着地の仕方、胴体の傾け方、左右のバランス、自然体で疲れにくく速く走れる方法を意識した。だか、これはとても難しかった。意識をひとつに集中すると上手くいくのに、同時にしようとするとバランスを崩し滅茶苦茶になるのだ。なのでまず頭の中でイメージをきっちり纏めあげ、ゆっくりとした動きで再現するようにした。
走り終わり、休憩のインターバルに筋トレをし、回数をこなしたらまた走る。気持ち悪くなった後に宿題をする貧血気味の頭でも思考できるようにするトレーニング。持久力がついてきたら、瞬発力にも手を出した。
頭も体も使えば使うほど成長したと思う。並列思考ほどではないが、頭の回転はとても速くなっていたと思うし、体力も小学生のレベルではないと自負していた。
年を重ねれば重ねるだけ周囲との差は開いていった。
サッカーでいうと、個人プレーでドリブルでゴールを決める。ロングシュートでゴールを決める。だがパスを出そうとするとパススピードが速くて周りが受け取れない。そうなると僕は個人プレーに走るか、手を抜くしかない。
周りはどう思うだろう。間違いなく面白くない。
そのあたりから僕の友達は減っていったと思う。
でも、僕はトレーニングをやめる気はさらさら無かったし、離れていく友達を引き留めようともしなかった。学校の成績は優秀だったし、完全に孤立していた訳でもなかったから。
※
汚い水の中でプカプカ浮いている。アメーバは捕食をする時に動くみたいだが、動かずじっとしているときも多いみたいだ。
極小になり水槽に突入した僕は初めて自分の目でアメーバを見た気がする。顕微鏡はさらにレンズを間に挟んでいるから、授業の一貫としてしか認識していなかったが、生で見ると大袈裟だが感慨深い思いだった。テレビで見る野球と球場で見る試合、もしくはCDとライブぐらいの違いがあった。
結局アメーバに取り憑いて意識は一度失ったが、なんとか憑依したまま無事に暮らしている。
アメーバの中に入り込んだ僕は、アメーバと融合しなかった。肉体と精神が強く結び付いてしまうと離れるのがとても困難になるためで、合体したのではなく仮住まいしている感じだ。僕は居候の身だ。
アメーバの魂は勿論そのままで維持している。人間との違いは体の大きさや複雑さ、難易度といったところだろうか。
今は機体に乗り込んだパイロットに近いだろう。アメーバが攻撃を受けても僕は痛まない。融合すれば体の痛みは自分に直結する。
食べられたときは食べたやつに乗り移るつもりだ。
自分で操作することも出来るし、アメーバに好きに動いてもらうことも可能だ。だから動きはアメーバに任せてこれからのことを考えてみることした。
水槽の水替えはするのだろうか? あんまり熱帯魚とか大きな生物が見当たらないのだ。アメーバ自体が小さいから水槽の範囲を把握出来ていないだけかもしれない。どういうつもりでこの水槽があるのか謎だけど、水の交換があったときの対策が必要だろう。なんせアメーバから他の生物にバトンタッチしなければならないのだから。
二つ目は水の交換がなく、生物に乗り移る手段がない場合だ。川とか池なら食物連鎖しながら、スムーズに移動が出来るだろうが最悪の事態なら一生ここで暮らすしかない。
三つ目は魔力の使い方だ。教えてくれる人がいないし、本で独学することも今は無理なので、なんとなくで探っていくしかない。地球にいた頃とこの世界の違いに少しでも気づけたら、そこから発展するかもしれない。まず魔力とは何なのか考えて見ることにしよう。
※
緊急事態だ。
食べられた時に動くことだけ考えていたら、アメーバが捕食した時の問題について全く考えて無かった。
増殖しはじめたのだ。アメーバの体の中で細菌が。
数が2倍、3倍と増殖している。このままだったらアメーバは体の中から増殖した細菌で破裂してしまう。そうなれば僕は行く当てがない。回復がまだ十分でないし、細菌に乗り移ろうとして出来ないパターンの時が怖い。それは一直線で水槽に入ったその間に細菌だっていたはずなのだ。なのに僕は乗り移ろうと反応しなかった、というより出来なかったのだろう。
とりあえず解決策を考えよう。この間にもアメーバの体は膨れ上がっている。細菌の数は小さい分とても多い。10分で分裂するとしても、全てが同じタイミングで分裂する訳ではない。何百、何千という細菌がバラバラで数を増やしていくのだ。だから、秒毎に数は増えている。
細菌は好きな温度があったはずだ。人間や常温に近い30度で活発になる。それなら停止する温度にすればいい。高温にするか低温にするか。だが、僕は火や氷の魔法をまだ修得していないし、出来たとしてもアメーバの体が焼かれるし凍る。
この間にも危険域に近づく。
氷、冷却は熱を周りから奪い外に移動させる…。
奪う…。移動…。
もしかしたら出来るかもしれない。
思念エネルギーの一部を使い、圧縮させる。細菌より強いエネルギー、質量を出来る限り潰し密度をあげる。
すると細菌の魂は圧縮体に引き寄せられるように吸い込まれていく。リンクを僕に繋げれば細菌の魂をエネルギーとして僕のものに変換すればいい。
だが、魂を抜き取られただけならそれは死骸としてアメーバの中に存在したままであり、生き残りはまだ増殖し続けている。
ピンチだ。これはヤバイ。
ふと、生物の授業を思い出した。アメーバは核を持っている。分裂するときは核も同じように分かれる。だが切り離されて核を持てなかったときは、核を持ってる方が生き残り、そちらは死滅するということを。
核をエネルギーで覆い保護してから、細菌に汚染されている部分を切り離した。それと同時に距離を空ける。
ふうーっと一息つけた。圧縮体は切り離した方に残してあるから吸い付くした後にまた核のある本体が捕食なり吸収すればいい。
弱肉強食の世界も大変だなと細菌が死にゆくのをただ見ながら待っていた。
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