センチメンタルレター
『応答せよ! 応答せよサベージ!』
所々にヒビが入り、煤けたトランシーバーから焦燥を隠しもしない声が漏れている。
そんなトランシーバーを煩そうに、しかしどこか嬉しそうに、男は真っ赤な鮮血に染められた手でしっかりと握った。そして憔悴しきった声で応答。
「……こちらサベージ。目標の鏖殺に成功。任務の達成を報告する」
『……!? 無事か!? 今すぐに救援隊をそちらに送る! だから!』
「いや、いい。俺はどの道ここで終わりだ。施設には自爆装置が埋め込まれているみたいでな。だから救援隊もいますぐ引き返らせろ。撤退命令だ。いいな」
食い気味に、だが自暴自棄ではない口調でそう告げた。彼自身が一番理解していたからだ。ふと、自分の両足が付いていた場所に目を落とす。そこには、真っ赤な薔薇が乱舞するように咲いていた。その光景を見て自嘲気味に片頬を歪ませる。
既にこの命は風前の灯火。だからこう思った。ならいっそのこと大爆発で燃え尽きてやろうじゃねぇか、と。
『死ぬの? 先生』
そう思った矢先、そんな光景に全く相応しくない静かで可憐な声が、トランシーバーから響いた。聞き慣れた声に、彼は考えるより先に口を開く。
「すまねぇな。勝手に拾って巻き込んじまって……そして先に逝っちまうこと、本当にすまなく思う。だがな、俺が教えられることは全部教えた。この世界から足を洗いたきゃ洗え。俺には出来なかったが……お前なら出来るはずだ」
返事は無い。彼の独り言が虚しく響いただけ。
そして、ついに恐れていた事態がやってくる。
ビーーッビーーッ
けたたましい警報音が鳴り響く。自爆装置が起動したのだろう。半壊した建物がミシミシと音を立てた。最早、音で崩れるほどボロボロになっていたということだ。
しかし、彼の表情は安らかだった。目を閉じると浮かんでくる数々の思い出を噛み締める。そして何度も反芻し……。
『やだよ……やだよ!!』
幻聴では無い、確かに自分の思い出の中に存在する声が警報音を遮って辺りいっぱいに響き渡った。嗚咽混じりのその声は、尚続ける。
『まだ……足りないよ! 、まだ何も返してない! このお礼はお前が大きくなってからで良いって言ったのに! なのに……なのに!!』
――あぁ、そんなこと言ってたな。なら、もうちょっとだけ頑張ってみりゃ良かったかな。……なぁんて、らしくねえ。
一瞬にしてそんな思考をぶった切る。今更この世に未練を残すなど……と。
「大丈夫だ。俺はお前に沢山のものを貰った。それこそ、俺が借り抱え込む程にな。だから心配すんな、楽しかったぞ。それでもって言うんなら……。そうだな、一つだけ我が儘を聞いてくれるか?」
応答は無い。しかし、彼には分かった。不器用なあいつのことだ、首を縦に振っているんだろう、と。そして、獰猛な犬歯を覗かせ、こう、言い放った。
「来世でも、俺の弟子になってくれるか? 俺と一緒に暮らしてくれるか?」
それは、彼女に対して初めて見せた願望だった。史上最高峰のエージェントにとって、自分の内に秘める事を口にするなど有り得ないこと。界隈でのタブーとしてもよく知られている。
しかし、そんな彼がその掟を破ってまで打ち明けた想い。きっと、生半可な覚悟では無かった筈だ。
『当然じゃん……そんなの……断る訳が無いじゃん!!』
憤怒すら感じる。彼女はグツグツと沸騰するような怒りをぶつけた。
――施設爆破まで、残り1分。
そこへ、お返しとばかりに、警報が彼女の言葉を遮った。そして、次第に小さくなっていく警報音が、命の終焉を知らせてくる。
――思えば色々あった人生もここで終わりか。まぁ……楽しかったかな。……来世で会って、まだ楽しみたかったなんて言ったら、あいつは怒るんだろうかな
頬を伝う一筋の雫。そこには、光が反射していた。
彼はそんなことを露ほども気にせず、意識を落とした。まるで、願う来世に期待するかのように。