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御霊の娘子  作者: あかば
怪文書
8/25

 梅雨が始まった日のことを思い出す。


 天誅教授は、一言「なんじゃこりゃ」と呟いてから、思い切り立ち上がったかと思うと背後の書架の前をしばらく右往左往して、新しく棚から数冊の書籍を取り出したかと思うと、びっくりするような勢いで流し読みし始めた。

 それからもう一度「なんじゃこりゃ」と呟いた。

 さして珍しくもないように思えたその絵馬の写真は、天誅教授にとってはすこぶる興味を惹かれるものだったらしい、ということだけは直之にも分かった。

 しばらく何やら呟きながら時折頭をかきむしり、教授はうろうろと忙しなく室内を歩き回っている。

呆気に取られた直之は、呆然と座っていることしかできない。


 そのままいったい何分が経っただろうか。

 すっかり置いてきぼりを食らっていた直之の前で天誅教授はぴたりと立ち止まり、いきなり思い切り顔を近づけてきたと思うと、ぶっきらぼうにこう言った。


「面白いから、お前、これをやれ」


悪魔の囁きでさえ、もう少しまともであるように思えた。


 あまりのことに、その日はそれからどうやって帰路に就いたのか覚えていない。

 気付いたときには着替えた覚えのない寝間着を着て、自室の布団の上にいた。見上げた壁時計は翌朝の7時半を指していた。

 大学に着ていった服は、じっとりと濡れて床に放り出されていた。どうやら傘をどこかに忘れて、ささずに帰ったらしかった。


 夢でも見ていたのかと首を傾げながら、昼過ぎに登校した。

 すれ違った天誅教授を呼び止めた場所は、確か第2講義棟の2階だったように思う。


「昨日の、調べろっていうのは」


 恐る恐るそう言った直之の顔を、天誅教授は道化でも見るように一瞥して、「昨日も言ったが」と呟いた。


「資料を探してこい。昨日の本と関係ありそうなのを片っ端からあたって、何でもいいからあの絵馬と関係あるものを見つけろ」


 早口でそうまくし立て、返事も聞かずに天誅教授は直之に背を向けた。1歩踏み出してから、思い出したように振り返ってこう付け加えた。


「なにか見つけ次第報告しろ」


 それから1ヶ月近く経っている。

 絵馬の件について、天誅教授からはあれきりまったく音沙汰がない。

 毎週の卒論演習で何か言われるのかと思っていたら、テーマを決定した翌週の授業で担当教授の割り振りが発表された後に、直之を含めた3人の生徒を集めて一言「資料を集めて持ってこい」と言ったきりだった。

 何人かの同期に聞いてみると、天誅教授の他にあと2人いる民俗学教授の片方は似たような指導方針らしく、特にこれといった指示はされなかったという。もう片方は、研究室に缶詰にされていた中浦を見ている限りは放任という感じではなさそうに思えた。

 付きっきりであれこれ言われるとばかり思っていただけに、拍子抜けしたままに時間だけが過ぎていった。


 それが数日前に、直之を名指しした呼び出し状が突然掲示された。

 研究室のホワイトボードに貼られたそれを一目見て、いつかの『出頭せよ』と同じ筆跡だと思った。

 

そうして今日、午前の授業を終えてすぐに研究室へとやってきたのである。

 例の絵馬については、何も成果があがっていなかった。

 と言うよりも、まともに調べることすらしていなかった。

 『3年生 卒業論文テーマ』の一覧表の、自分の名前の横に書かれた『絵馬(仮)』という文字が、これから1年半ほどかけて取り組む卒業論文のテーマだという実感が、どうしてもわかなかった。


 とりあえずコピーした、去年のレジメと同じ見開きを鞄から取り出す。

 4枚の白黒写真のうち、最後の1枚をぼんやりと見る。

 天誅教授は、一体全体どこに興味を惹かれたのだろうか。

 子供の衣装、またがっている魚、それとも外枠に書かれている日付と名前のように見える字だろうか。

 何か特別なもののように思われる要素は、そのくらいしか思い当たらない。


 あの日から何度見返しても、それは何の変哲もない、この辺りの神社にもありそうな絵馬と同じものにしか見えなかった。

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