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御霊の娘子  作者: あかば
夏に至れ
5/25

 天誅というあだ名には別に凝った由来があるわけではない。

 天生忠一というのが教授の名前で、かつて誰かがそれを縮めて「てんちゅう」と呼び始めたのが、いつの間にやら物騒な漢字を当てられたというだけのことだ。


 文学部民俗学科の天生教授と言われても、すぐにはピンと来ない生徒の方がおそらく多い。

 けれども天誅教授と聞くと大方の者が顔色を変える。大勢いる大学職員の中でもとびきりの怪人物として、その名を知らない生徒はいないだろう。


 何よりも、年齢不詳のその風貌が大学教授に似つかわしくない。


 ぼさぼさのざんばら髪をふり乱し、柳のような長躯を揺らしながら大学構内を闊歩する。半分以上混じる白髪や、不健康そうな顔色のせいでとても老けて見える一方で、顔立ちそのものは比較的若いようにも思える。

トレードマークは、全然似合っていない大きな金縁の眼鏡と薄汚れたカーキ色の軍用コートだ。


 その怪しげな雰囲気は、どや街の中を真っ昼間から歩いていても何ら不思議ではない。


 いつも不機嫌そうに肩を怒らせ、誰に何を言われても一言目にはきしるような低い声で「おお」と唸る。

舌打ちだって平気でするし、目つきもとても悪い。不穏なあだ名も相まって、他学科の生徒たちは大小様々に尾ひれを付けて天誅教授の風評について語り合う。


 追われの身だとか、大学教員というのは仮の姿だとか、天誅というあだ名の由来は人斬りをしていたからだとか。


 悪い人ではないんだけれどなあ、と思う。


 言動は乱暴で身なりは怪人だが、受け持ちの授業は面白いと専攻の生徒たちからの評判はよい。

 特撮好きで、趣味の骨董品収集はガラクタを掴んでばかりいるらしいということは、直之は1年目の秋頃に先輩から教えてもらった。


 本人は物騒なあだ名を大層気に入っているらしく、直之は入学して間もなかったころに「あもう先生」と呼びかけたら無視をされたことがある。


 そんなだからますます悪名が一人歩きをする。内実を知っている民俗学部の生徒も、面白がっていちいち庇い立てをしない。

 そのうちお偉方からの圧力で真人間に生まれ変わるのではないか、休日に真人間となった天誅教授らしき人物を目撃した、という噂が時折たつこともあるが、日本の首都が変わる方が先だと民俗学研究室内では一笑に付されている。


 直之も、軍用コートを着ていない天誅教授よりもツチノコを見つける方が容易いだろうと思う。


 階段や廊下の曲がり角で呆然と突っ立っている1年生の姿は、毎年の春に年度の変化を改めて実感させてくれる風物詩だ。

 泡を食って研究室に駆け込んでくる新入生を、去年同じように慌てふためいていた2年生が力一杯に脅すのは、民俗学研究室の毎年の伝統となっている。担当科目の研究室でこれだから、よその学部では果たしてどんな風に扱われているのだろうか。


 悪い人ではないんだけれどなあ、と思う。


当の天誅教授はというと自分の風聞なんてこれっぽっちも気にとめずに、今日も今日とて不機嫌そうに構内をうろついている。

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