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例年よりも長く感じたけだるい冬が終わり、柳井直之は大学3年生になった。
地方の小さな私立大学で迎える3回目の新学期には、マンモス校のそれと比べて目新しいことなんて何1つなかったように思う。学部が違う生徒の顔だけならばおおよそ見知っているし、専門課程外の一般教養の横に書かれた「担当教授」の欄にも、半分くらいは見覚えのある名前が並んでいる。
たまに構内で見かける知らない顔は、決まってどこか不安そうに周囲を見回していて、直之は新年度が始まってから1ヶ月の間に2度、そういった新入生に教室を訊かれることがあった。
4月はあっという間に通り過ぎていった。道行く人が着ている上着の生地が、日に日に薄くなっていく。校門に並んでいる桜並木も桃色の服を脱ぎ捨て、まだ彼方の山にも届いていない夏の予感に震えている。
そうして5月の連休も終わり、春が終わり、ある日突然直之ら3年生のもとに難敵「卒業論文」がやってきた。
春の雨というには少しばかり勢いの強い雨が降った日のことで、例年より少し早い梅雨は既に四国を通り過ぎていた。