助けが来た
チューブから何かが流れてきた。流動食のようだ。それは喉の奥から胃に流し込まれていく。
「今の君の食事はそれだ。素直になれたら、ボク得意のアップルパイを一緒に食べよう」
頭を思いっきり固定されて動けない。子供をあやすように頭を撫でてきた。本当にこいつはキショい。
「君は一人で生きていけない生物なんだよ。そのくせ自由を求めている」
口がふさがれていて何も反論できないのをいいことに、勝手な事を言い始める。
「仕事から足を洗わないといずれ危険な事になる事は、みんなから言われていたんだろう? 話を聞いて呆れたよ」
男はそれから話し始める。その内容には反論の余地はないくらいになかった。
「こっそり探っていて、バレて捕まるなんて、三流もいいところだろう! 今の時代の探偵のする失敗じゃない! しかも捕まったら依頼人の事を全部ゲロなんて探偵としてのプライドにも疑問がある。探偵が本当の事を言うはずもないと思って、詳しく調べてみたら本当だったし! 君は本当に探偵か?」
私はそんな事を少しも考えていなかった。
探偵としてのプライドの事なんて、私には微塵もないのだろうか。
「こういう星の場所柄、いままでいろんなクズを見て来たけど君ほどの逸材はいないよ。よく今までやってこれたね! むしろ、いままで無事だったのが不思議なくらいさ!」
心の中の言葉を全部吐き出したという感じの男は大きく息を吐きだした。
あきれの溜息と怒りを吐き出す溜息、二つが混じった溜息だと思う。
「とにかく、このまま君を野に放っても確実に野垂れ死にだ。籠の中で飼われるカナリアは可哀想だろうけど、カナリアは簡単に野生化できるものじゃない。オウムなら別だけどね」
そこまで言うと、口からチューブが外された。
勝手な事を言った男を私はにらみつけた。
「反論を思いつかないって事はそのとおりだって事だろう! 君にはいくら言っても理解できないってのは分かっている。じっくり時間をかけてわかっていけばいい」
「時間なんてあるわけないでしょう! あんた絶対すぐに捕まるわよ!」
「探偵にもわかんないのかい? 警察が探すのは、事件性があると発覚した人間だけさ。いつトブかわかったもんじゃないような探偵が一人消えても、警察は探したりなんかしない。証拠も手掛かりもなしに、事件か失踪かもわからないような人間をいちいち探したりなんかしないんだよ!」
限界まできたという感じだ。私もそれくらいは知っている。大声を出すことじゃない。
「とにかく」
これ以上私に何を言っても意味がないと思っているのだろう。話をしめに入った。
「拾った犬がいきなり懐くようなものではないのは分かっている。本当にじっくりだ。少しずつお互いを分かっていこう」
彼としては本気で善意の忠告をしているつもりなのだろう。
さっきから聞いていれば余計なお世話ばかりだ。ただの犯罪者に言えたことではない。
「何か言いたいなら言ってもいいんだよ」
私を見て男は言う。私は男から顔をそらした。
「さっきまで落ち込んでいたのにもう回復している。何か屁理屈でも思いついたようだね」
何が屁理屈だというのだろうか。犯罪者の言葉に耳を貸したのがそもそも間違いだったのだ。最初から無視するのが正解だった。
「本当に君は昔のボクとおんなじだ。身勝手な言い訳を考えて自己解決。十個中九個負けていても、一つでも有利なところを見つければ、心の底で相手を見下して勝手に勝った気分になる。世の中正しい間違っているで動くものではない。ボクのやっている事は世間的には犯罪でも正しいんだ」
犯罪者の理論だ。頭が痛くなるから耳を貸すのは止そう。
私の様子を見て、それ以上何も言わなくなった男は静かにドアを閉めた。
助けが来るまで何もする事などできない。
「いっつ……」
そう考えただけで足の拘束具から電流が流れる。
「ちょっと考え事をしただけなのに、欠陥品め」
反抗の意思ありとして拘束具が反応したのだ。これじゃ、おちおち物想いにもふけれない。
こんな事になったのも、あんな仕事を回されたせいだ。あんな仕事は受けなければよかった。ただのキャバクラがこんな男とつながりを持っているなんておかしいに決まっている。この仕事には裏があったに違いない。
そうはいってもあの店主に文句は言えないし、ここから脱出しないと会う事すらできない。
その時は意外と早く訪れた。この家の呼び鈴がならされたのだ。
「クリーヴァーだ。先刻警官からの聴取を待たずにその場を離れた件についてだ」
ドアの方からそう聞こえる。
「あんなの、でても大した刑にはならないだろう?」
「警官からお叱りを受けるまでが市民の義務だぞ」
この男はあの後警官からの聴取を無視したらしい。これは追い風が吹いてきたものだ。
「助けてください! 監禁さ……」
そこまで叫んだところで足の拘束具が電流を流した。
「何か聞こえたようだが?」
「ちょっと監禁もののアダルトビデオを」
あの男らしい言い訳だ。十分にありえそうな上にみっともなくて普通に信じてしまいそうである。
足にビリビリと電流が流れ続ける。痛みで私は動くことはできない。
「中を確認させてもらう」
「不法侵入ですよ! 家主の許可なく住居に侵入する場合、令状が必要なはずでしょう?」
あの変態はなんでそんな知識を持っているんだ?
今でもビリビリと足に電流が流されている。私はここにいるんだからさっさと踏み込めばいいのに。そうすればそんな不法侵入も正当化できる。
「早く来なさい……バカクリーヴァー……」
声を出そうにも電流により体がマヒしている。入ってくれば全部正当化できるのに、何をちんたらやっているのだろうか?
「いいだろう。その時は不法侵入で届け出を出せ」
「なっ!」
クリーヴァーはそう言い家に踏み込んできた。そして私のいる部屋のドアを開けたのだ。