組織の目的
手枷と足枷で拘束されたアリシルちゃんが私の隣で座っている。
「獲物が手に入ったんだ。無駄に時間は食わん」
テリーヌのその言葉は本当のようで、私はマグマの研究をしているという名目で建てられた研究所に連れてこられた。
それから、マグマの中に潜る探検機の準備がされていった。
白衣を着た男が私の事を見つめてニヤニヤしていた。
「キモい」
「ふっふっふ。クリーヴァーよりも噂のクズの方が度胸がありそうだね」
「こんな事に手を貸している奴にクズ呼ばわりされたくないわよ」
「これは失敬。そうだな。私は大罪人だった。だが私の研究は、私が死んだあとに人類を救うかもしれない」
惑星を壊す方法を研究しているこいつが何を言うのだろうという話だ。
「ブラックホールも結局は星だ。この研究はブラックホールを破壊する事ができるという可能性を秘めている」
この男の研究の事はチンプンカンプンだった。
「そうだ。この研究は異端の研究。今は、人を多く殺害する事にしかならぬのだ。だが私は研究を続ける。それはなぜか?」
「あんたがマッドサイエンテストって奴だからじゃない?」
「私が狂っているかどうかの判断は他の人にしてもらおうか」
それからその研究者は話し始めた。
自分の生きた証をどこかに残したいを思うものだ。この男にとって、それがこの研究であるという。
「私の研究は多くの人を殺すだろう。だが、それでいい。人が多く死ねば死ぬほど、私の研究の恐ろしさがわかり、恐ろしさの後に研究の尊さに気づいてくれる者がいるやもしれない」
研究家も家系などが重視されるものだ。一般出で、ロクな後ろ盾もない者の研究など理解をされないし興味も持たれないのだ。
「私の両親は、家が貧乏ながらも、私を大学に行かせてくれた。私も奨学金を得るために勉強に勤しんだ。だが、研究職に必要なのは、自分を推してくれる大物の後ろ盾である。誰の保証もない者の研究など、だれも見向きもしない、アピールの方法すらない」
それが悔しかったのだという。
その結果、後ろ盾がないという理由だけで、皆から無視され、どれだけ頑張っても認める者がいない。
「親不孝な話とは思うが、巨大な犯罪を起こす事で皆に注目してもらう以外にないのだよ。人生を賭け、人としての威信を賭けた大バクチだ」
それを言われると何も言えなくなる。
気持ちを理解できるし、応援や協力をしてくれる人の気持ちもわかる。
「開き直るな」
私は小さく言う。だがそんな事はすでに言われ慣れているという感じで、男は
鼻を鳴らした。
「何万回も言われた言葉だ」
自分の行動を吹っ切っているこの男には何を言っても意味がないと思う。
なぜなら、誇りを持っているから。
自分が大犯罪を犯しても、芯の部分が汚れていないと確信できるからだ。
そして、テリーヌも同じような事を考えて、この星を破壊しようとしているのだろう。
「どうして、今になって気づくの?」
人間に価値があるかないかは、自分に誇りを持てるかどうか、という部分でわかる。
こんな事誰でもどこかで聞いた事があるだろう。
そして多くの人が、この言葉の真意に気づかない。私だってそうだ。誇りとか名声とかを集める事に何の意味があるのかわからなかった。
ついさっき、それの大事さに気づいたのだ。
車が時速数百キロで走るこの時代に、百メートルを九秒台で走る事に何の意味があるか?
重機で何トンもの物を持ち上げられる時代に、百キロのバーベルを人の手で持ち上げる意味。
それが栄誉のためであり、意味などそれで十分なのだ。
「私が星の中心部に潜れば、私の中にある、熟成された錬粒子がこの星を爆発させるって事ね」
「爆発と言っても、この星が太陽のような恒星にいなるだけだ。そして、数十億年の時間を掛けてゆっくりとこの星のエネルギーを消費していく。お前が生きていなきゃ、この爆発は起こらないという。だが、これでいい」
テリーヌは私の手を掴んで無理やり研究所にあるカプセルの一つに押し込められた。
電子ロックがされて、私はそのカプセルから出れなくなる。
「自殺すればこの星の命は救われるぞ。お前にそんな根性があればの話だがな」
テリーヌは言う。
この中で自殺をするなんて、私には無理。
「アリシルちゃんの解放を急いであげて」
カプセルの中で言うと、テリーヌ達にも聞こえるようだ。
テリーヌはマイクに向けて声をかけてきた。
「いいだろう。いまさら逃げられるわけもないし、クリーヴァーが仲間を連れてやってきても手遅れだ」
そりゃそうだろう。この探査船で私はこの星の中心にまで送られる。必要な時間はたったの十分だというのだ。
アリシルちゃんの拘束が解かれ、背中に銃を突きつけられてこの部屋から追い出された。
アリシルちゃんがいなくなったあと、テリーヌたちは私の入ったカプセルを囲んだ。
マイクから何を話しているかが伝わってくる。
「我々の悲願が達成された。この星で生まれ、この星で生きてきた私達には行く場所もない。だが、この惑星は汚れきっている」
いい星ではないと思う。警察では対処しきれない犯罪が多く、人手が足りず、警官が定年で退職する前に八割が殉職をするような星。
クリーヴァーなんていう自警市民が制度になっているのは、この星くらいである。
彼女の主張も、その通りであると思えるところもある。
だが、テリーヌ達はテロを何回も起こし、多くの人の人生を狂わせた。
何度も破壊活動を繰り返し、多くの人を殺した。
そして、同意など得ていない人々を巻き込んで、星一つを破壊しようとしているのである。
それが許される行為ではないのは明白だ。
「この星を、優しい嘘で包むのだ」
全員でそう合唱をする。その直後、私はマグマの中に沈められた。