誘拐事件
「おい。起きろ」
私はそのドスのきいた声で目を覚ました。
周囲には男達が並んでいる。私が起きたのを確認すると、私の前にあのムカデ型のカメラを投げて来た。
「よくもやってくれたな」
「ち、違うの! これは間違いで」
私はとっさに言った。
「どんな間違いだ? あぁ?」
店の事を隠し撮りしていたのだ。バレたら店の人間が出てくるのは当然。
「映像見せてみろ」
そう言う。私の了承なんて関係なしに私の耳からカメラを外し、自分の耳にかける。
「一番人気の子か。誰に頼まれた?」
「依頼人は私も知らないの!」
ここで生き残る事ができるだろうか? こんな仕事を受けなければよかった。だが、後悔をしてももう遅い。
「呑気に寝てるとはナメてたもんだな?」
ドスのきいた声で言ってくる。それから私は腕を取られて立たされた。店の奥に運ばれていく。
店の奥の事務所。そこで数人の男に囲まれて私は洗いざらい吐かされた。
「ただの客の一人か。大山鳴動してネズミ一匹ってやつだ」
私の依頼の内容を聞くと大事ではないとわかってくれたようである。
「どう、落とし前をつけてもらおうか?」
「うちの店で働かせるってのは?」
大事ではないとわかって話は締めに入っていく。このまま、話がうまくまとまってもらう事を願おう。
「ホステスだって顔がよければいいってもんじゃねぇ。嫌々やっている奴なんてこっちから願い下げだ。性格ブスなんて店に置けるかよ」
私の悪評がこんな形で役に立つとは思わなかった。とりあえずこの店でコキ使われる事だけは避けられたらしい。
「喜んでんじゃねぇよ。腹立つ」
一人がそう言う。
「そうだ。こいつの事を気に入っているってやついなかったっけ?」
「あの変態の事か。あんな奴と近づきたくねぇぜ」
なにやらそう話し始めた。
「なら私が奴の相手しますよ。この女をこのまま放り出すだけってのも癪でしょう?」
なんなのかわからないが、ここから逃げられるのならどうでもいい。
「ふん! あんたらがどんな変態とお友達なのか、見物ね」
話はもう決まっている。ビビる必要はない。言いたいことを言わせてもらう。
「このガキ。調子に乗るんじゃねぇ」
三下の言葉に、リーダーらしき男がそう言う。
「相手にするな。このクズの言葉を聞くだけ無駄だ」
クズとか言われたが、この状況ならカエルの面に水というやつだというのは奴らには分からないらしい。むしろ遠吠えのように聞こえてくる。
私はそれから手錠で拘束をされて車に乗せられた。
車は自動操縦で動くのが普通の時代。
例の電磁波の力で浮かび、後方の空気の噴射工の力で空を飛ぶ車。時速は二百キロを余裕で出す。空中にあるスカイロードを使って車は移動をする。自動操縦によって動くため、事故はほとんどない。
事故があっても使う人の整備不良が大体の原因だ。
話を聞くところ相手は一人だ。何人もの男に囲まれているような状況ではないので、隙を見つけて逃げる事も可能そうである。
「探偵がいきなりトブなんて珍しい事じゃない。誰もこいつなんて探さないはずだ」
それくらいの知識はあるようである。私はいままで自分でやってきたのだ。いまさら誰かの手を借りれなければトンズラ一つできないようではない。
「まったく抵抗しませんね」
「さぁ? クズの考えている事はわからん」
あんたらが考えているよりも私は強かなんだよ。群れなきゃ何もできないような連中とは、くぐってきて修羅場が違うの。乗り越え方を心得ているからこその余裕よ。
そんな事教えてあげないけどね。
「話の場所だ」
ある場所に着くと車は停車して地上に降り立った。
「さっさと置いとこうぜ。後は知らねぇ」
周りは森である。開拓時代に使われた時代遅れのアスファルトでできた道路の上に降り立つと、私は大きな一本の木に縛り付けられた。
ここまでとんとん拍子に進むと、あとはここにやってきた例の男っていうのに縄を外させて、隙を見て逃げるだけだ。
目隠しなんかされたが、そんなもの問題ない。ここにやってきた男が全部外してくれるだろう。顔ガニヤつくのが抑えられなかった。
「こいつ、今の状況分かってねぇのか?」
マヌケにも気味悪がっているという声であった。言ってやりたいくらいだ。
こんなもの私にとっては大したピンチではないのだ。
「うるさいわね。用が終わったらさっさと帰りなさいよ」
「なんだと! このガキ!」
「相手にするな」
頭の悪い男たちが勝手に右往左往している。こいつらが勝っている気分に浸れるのは今のうちだけであろう。
男たちの足音が聞こえる。どうやら去っていったようだ。
のんびり待っていればいい。どうせ、扱いやすいやつが来るのだから。
「話通りだ」
声が聞こえてきた。足音を聞くに、やっぱりここに来たのは一人のようだ。ここは私の名演技を披露しよう。
「逃げないから手錠を外して。手が痛いの」
こんなところか。どうせ女とまともに付き合えない童貞だろうし、これでイチコロになるはずだ。
「痛くてもがんばって」
そう言いながら、男は私の頬をなでてきた。