ドンパの後
「よう。長く会っていなかったような感じだな」
私に面会人が来た。酒場の店主だ。
「ごめんなさい。情報はつかんだんだけど」
そういえば酒場の店主が私に渡した仕事は場末の仕事だと言われていた。ここで、失礼な態度をとると、さらに印象を悪くすると思う。
まずは仕事の話からしようと思った。
「あんたが無事ならいい。ある程度証拠だってそろっていたしな」
私が消息を絶ってから、店主は私の事を探してくれていたらしい。私の住んでいた家にも入り、私の行方不明の原因を探りたくてパソコンのデータを見たらしい。
その中に、あのホステスがいろんな男といちゃいちゃしているさまのデータも入っていたという。
「確かに場末のものとは言え仕事は仕事だしね」
やはり、私より仕事の事が優先であるはずだ。店主の事を怒らせないようにしないといけない。
「その話はこれで仕舞いだ。やっぱあんたはうちで働け」
酒場の店主も、こういう仕事をしているだけ事情も分かっている。私が探偵としてすでに終わっている事も前々から私に忠告をしていた。
すでに私は名が知られすぎた。探偵をやっていける状態ではない。
酒場でウエイトレスとして働いて、ゆくゆくは真っ当な道を探るべきだという話だ。
「考えもしなかったけど」
思いっきり捕まってしまった身である。それしか方法はないようにも思える。
「私が笑顔ふりまいてお客の相手なんて」
できないと思った。自分は人からクズと言われる。私の事を分かっていない人達の前に身を曝すなんて到底できないと思う。
「最初はつらいだろうが、日陰者が足を洗うなんて簡単なことじゃない。あんたは乗り越えるべきだ」
最後にそう言った。私は俯いて何も言う事ができなくなる。
確かにそんな事は分かり切っている事だった。しかし一歩を踏み出せなかったのだ。
部屋に戻るとあの男は取り調べにでも連れていかれたのかいなかった。
あの男の居なくなった部屋には、イツバちゃんと同じ顔の子供がせっせと掃除をしている。
イツバちゃん達は屯所でいろいろな作業をしているらしい。
運が良ければ引き取ってもらい、普通の人間として暮らせるのだという。だが、この事を外には漏らせないので、外で引き取り先を探すのも一苦労なのだ。
一般的な教育をほどこすために学校を作って授業もしている。その様子はこっそり見せてもらったが、顔の同じ子達が並んでいるのを見ると、不気味に見えたものだ。
床で寝転がった私は、時間が過ぎるのを待っていた。
「アインステナさん。よろしい?」
待っているところに名前を呼ばれたのだ。
「アリシルです。あなた探偵さんなんですよね?」
「そうよ」
そうは答えたものの、自分はなんちゃって探偵だという事を思い知らされた後である。
「探偵のスキルとか、必要な道具とか、私に教えてもらえませんか?」
「私なんかに……」
探偵は人に顔を知られてはいけないのである。有名になってヘマまでした自分は、実質探偵では無くなってしまっているのだ。
「私、探偵志望なんです」
「古い知識でいいなら」
アリシルが探偵を志望しているというならと、私はありったけの技術を教えた。
正直、人に教えているという事が恥ずかしくなっていた。自分はバレて捕まるなんてヘマをした人間だ。こんな知識を教えてしまっていいのかと、心の中で思っている。
「すごいです。人に顔を覚えられてはいけないなんて、スパイみたいじゃないですか」
あの私を監禁した男から聞いた言葉ではあるが、それが一番大事なのである。
「探偵になって捕まえたい奴がいるんですよ。私の父がそいつに騙されてしまって一家離散。クリーヴァーの仕事だって、そいつを捕まえるためにやってます」
本来幸福な人間がクリーヴァーの力に目覚めるのであるが、特例というものもあるのだろう。
アリシルは、私の知識のメモを取ったりしていたのだ。
「クリーヴァーが同伴するなら外出の許可も出ています。どうです? 一緒に食事でも」
アリシルの申し出を聞き、わたしは屯所から外出する事にした。
「ここなんですよ。私がテロに遭ったの」
何も変哲もないビルの前でふと立ち止まったアリシルはそう言った。
「そんなの信じられないでしょう? もう、何もなかったようになっています」
外出先で食事をすることになった私は、アリシルがふと言い出した言葉を聞いた。
「ある男に仕事の話とか言われて出向いていったらそこでテロに遭いました。その男の事はまだ見つかっていません」
その時、帰りにおもちゃを買うと言われてアリシルも同伴をしたのだという。父の仕事が終わったらおもちゃをもらえると思い、幼いころのアリシルは退屈な時間をカフェで過ごしていたという。
「ここはアイネの目標だった」
ここで自爆テロをしたのは私の知っている子だ。何かが間違っていれば、私がここで自爆テロをしていたかもしれない。
「聞いています。あなたもその組織の一人だったんですよね」
アリシルの言いようを聞くと、なんで自分をここに連れて来たのかわからない。
「すみません。私の行きつけの喫茶店がここにあるんです」
私をここに案内したのは偶然だとでも言いたいようだった。
しかし心の底に存在する小さな憎悪をなんとなく感じた。
「無意識よ。あなたもその男の仲間だったんでしょう、って言いたいのよ」
人の意識に敏感な私は思う。
「そうかもしれませんが言わないです。クリーヴァーとしてその男を追う事だけ考えていますから」
「正直なのか、嘘つきなのかわからない」
私はつい口から出た。
「完全に正直な人間や、完全に嘘つきの人間なんて多分いませんよ」
ビルの一階には喫茶店があった。そのドアを開けてアリシルは私を中に招きいれた。
「入りましょう」
普通の声だが、その声の中に冷たくある意味胸を焼く熱いものを感じた。
私はそれを感じつつも、アリシルの導きに従って喫茶店に入っていく。