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ライアンラヴァー  作者: TUBOT
過去と向きあう
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イツバの思い出

 イツバには基本的な事はすべて仕込まれていた。買い物、炊事、洗濯、掃除と、家事の全般はすべてだ。

 イツバが床の掃除をしている横で、新聞を読みながらカインはイツバの様子を見た。

 だが、あの組織も、いつまでも監視なんてしていないだろう。

 イツバを売った時の純利益は十万程であると、予測をたてられている。人をカインのところに監視をつけるのに必要な資金は一日数万くらいだ。

 科学技術の発展はコストの削減が二番目の重要課題だ。一番目は開発者の威信であるものの、怪しい動きの兆候もない者にいつまでも監視を付けられるものではない。

 通信も盗聴をされている事は分かり切っている。だから、イツバの事を上に報告などもしない。買ってイツバをそばに置いておく事がカインの任務だった。

 単純に、組織を摘発解体したときにの証拠品として保管しておくという意味がある。

 新聞にはいつも、クリーヴァー用に仕事の依頼を掲載するスペースがある。

 今の時代に新聞なんてものがあること自体がおかしな話だが、クリーヴァーは上司からの指示で動いているわけではないから仕事は自由に選べる。わりの悪い仕事は誰も取りたがらない。

 直接依頼人から声がかかるようなベテランクリーヴァーでもないカインは、わりの悪い仕事が載っている、新聞で仕事を探しているのだ。

「イツバメル。仕事に出かけてくる」

「お気をつけて、ご主人様」

 カインの言葉にイツバは返した。こういう事もイツバの脳に直接仕込まれているのである。


 カインが仕事から帰ると、玄関で待っていたイツバが言う。

「おかえりなさいませ」

 今日、家事のために使ったお金の報告。イツバが持ってきたカードをパソコンに差し込むと、今日買い物で買った掃除道具や洗剤の値段のデータが出てきた。

「食費は書いてないが」

「いただいておりません」

 イツバは、昼食を食べていないというのだ。そういう事も、インプットしないと動かないのである。

「一緒に食事にしよう」

 カインはイツバを連れて台所に向かった。


 カインは二人分の夕食の準備を始めた。

 少し前までは普通の家庭で暮らしていて、よく母の料理の手伝いなどもやっていた。

 両親が死亡したとき、自分にはクリーヴァーの能力が目覚めた。

 それが幸いして、クリーヴァーとして場末の仕事を受け持ち始め、少しずつ名を知られるようになっていった。

 高級なマンションならば、連絡一つで部屋の大掃除をしてくれるし、訪問販売や新聞の勧誘などの、煩わしいものもやってこない。

 仕事に集中しなければならない自分には、値が張る事よりも、そういう環境の整備の方が重要だったのだ。

 次々に芋の皮むきなどがされ、どんどん自分の傍らに皮むきを終えた野菜が並んでいく。

「俺が下ごしらえをやったほうがいいな」

 もう用意の必要もなくなった状態で、カインは言う。

「了解しました。私が調理担当をしましょう」

 カインが鍋の前から退くとイツバが鍋のアク取りを始めた。


 カインが全く手を出さなくなると、イツバは何も言わずに下ごしらえもやり始めた。

 今は魚を三枚におろしているところだった。

 突然ピクリとイツバの手が止まった。

 指を包丁で切ったらしい。

 手を洗い、血が材料につかないようにと考えたイツバ。

 カインはその様子を見て絆創膏を取りに行った。

「少々お待ちください」

 イツバはそういうと、傷口を押さえた。血が止まるまで数分間、患部を押さえておく必要がある。

 そこにカインがイツバの手を取って自分の前に向けた。

 指に絆創膏を張り付けると、イツバはペコリと頭を下げた。

「ご足労をかけてしまい、申し訳ないです」

 それから調理の続きを始める。

「続きは俺がする。イツバメルは座って待っていてくれ」

 そう言われると、イツバはペコリと頭を下げた後、食卓についた。


 イツバの食事も丁寧なマナーに沿ったものだった。ナイフとフォークを持ち、音を立てずに食事をする。

 手に張られた絆創膏が、すべて完璧なイツバを見るうえでたった一つのイレギュラーである。

 人間の姿をした完璧なロボットという感じがする。人間離れしたイツバの様子に、カインは身が引き締まる想いがした。


 今日は休みと設定している日である。

 自分がふさぎ込んでいる時、両親は自分に何をしてくれていたかと考えた。

 それは近くにある公園に連れていく事だった。

 そこは噴水一つしかない公園だったが、他の子供たちの笑う声などを聞くと、少し気持ちがまぎれた。

 カインがイツバを連れてきたものの、イツバは隣にチョコンと座るだけだった。何をしてやればいいかなんて、全く思いつかない。

「俺は両親を亡くしたんだ」

 イツバはそのカインの言葉を黙って聞く。

 最近この町で頻発しているテロに巻き込まれた形だった。テロに遭った直後は犯人への復讐なども考えたが、現実を見るとそんなものを考えるヒマはないと分かった。

 生きるだけで精いっぱいな日々、クリーヴァーの年収は百万か一千万かのどっちかと言われる。

 稼げない奴は稼げない。稼げる奴は大量に稼ぐ。

 中間のちょうどいい額の収入さえあればいいという考えではやっていけない。

 有名にならないと仕事が来ない。有名になると、うんざりするほど仕事が来る。そういうものであるのだ。

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