イツバの過去
「奴らの狙いがわかった?」
カインはすぐに私ところに急行した。私が錬粒子とは何かを思い出したと言うと、静かに聞き出した。
「私の体の中に入った。でも人体に入ると無価値になるらしい」
そう。話ではそうだった。だから私をいくら追っても彼らの望むものなど手に入りはしない。
「だったら問題ないでしょう! もう無価値なら、わざわざ私を追わなくてもいいじゃない!」
カインにだってそれくらい分かるだろう。もう私を追っても意味はない。
だから、私は安全になってもいいはずだ。
「相手は『人体に入っても使用する方法が発見された』って言っていましたが」
イツバちゃんの言葉に、カインは私を冷たい目で見た。
「なんでお前が覚えてないんだ?」
イツバちゃんの言う通りなら、まだ私は狙われるのだ。
「そろそろ言えるんじゃないか?」
今ので完全に思い出した私は言う。
「ドンパっていうのは自爆テロの事」
私が昔いた孤児院はテロリストの養成所みたいなものだった。そこで、何も疑問を持たずに人を殺せるように教育をされた私は、あの件で逃げ出して別の街に流れた。
「今になってお前を追うようになったって事は、お前の体の中の錬粒子が必要になったと」
「錬粒子については私もよく知らない。ドンパに使う爆弾みたいなものだって聞いてた」
「過去の爆発の規模を調べるか」
カインはそう言うと、ホログラムで昔の新聞を出した。
「プラスチック爆弾でも使えばいいくらいの威力だな」
プラスチック爆弾は手で小分けができて破壊力も甚大。粘土のように形も自由自在で、百年前まで軍隊でも使われていたらしい。
今では液状の爆弾が使われている。
糊を塗るように薄く塗りつけるだけで、プラスチック爆弾の数倍のエネルギーを出すし、そこそこ強い電流を流さないといけないため、静電気などで暴発する危険もない。
「どれだけの資金がかかるかわからんが、わざわざ錬粒子を使ってテロをした理由はなんだ?」
安く作れたか? それとも手間が少なかったか? 錬粒子が使われた理由は何かあるだろう。
「そういうあんたの考察はどうでもいい。今考える事ではないわ」
「お前に聞いてもわからんだろうしな」
嫌味を言わないと会話ができないのかこいつ。
「テロの引き金になると分かったら、俺の手におえる仕事じゃなくなった。屯所で保護をしてもらえるように頼む」
「何よ! イツバちゃんとはお別れなの?」
「そこが問題なのかよ」
カインはうんざりしたという感じだが、私にとっては大問題だ。
「私に会いたいなら屯所に行けば会えます」
「何それ?」
イツバちゃんの言葉は意味が分からなかった。
「お前が言う事じゃない。教えてやる事じゃないしな」
カインはイツバちゃんの顔の前に手をかざした。
それ以上何も言うなという感じである。
「いいです。言います。アインステナさんも過去と向き合ってください」
イツバちゃんはカインの手をどけ、私の前に進み出てきた。
「私の過去を話します」
イツバの最初の記憶は水でずぶぬれになった自分と、周囲にいくつもいる培養液に入った小さな女の子たちだった。
皆同じ顔をした試験管の中の子達。それに囲まれながら、自分は荷物を扱うようなぞんざいさで引き上げられて担ぎ上げられた。
イツバは生まれた瞬間は何も感情を感じる事はできなかったという。
恐怖も疑問もなく、なされるがままに力なく運ばれていた。
「こんなに需要があるとはな」
会話を聞く。イツバは生まれたばかりであるというのに、男たちの会話の意味がよく分かった。
言葉を理解できるように記憶をインストールされているのである。
「感情を持たないクローンメイドか。こんなもん売れるかよって思ったが」
厳選された遺伝子から作られたメイド用のクローン。
感情を持たないように脳の一部を焼かれているという。
だから汚い仕事だって平気でやるし、死を命じられても従う。用がなくなったら『どこか遠いところに行け』と言うだけで消えていなくなる。
「これで、普通の人間の給料一か月分だもんな」
「人間を構成する元素は子供の小遣いでも十分買えるって話を聞いた事はあるが、人間一人をこんなに安く作れるとはな。知ってるか? 原価は売値の千分の一とか」
「駄菓子と同じくらいじゃないか。そりゃボロいわけだ」
イツバの事を侮蔑する会話である。
だが、それを聞いてもイツバは何も感じなかった。
「今回の買い手は、学校の制服を着せろとよ。学生時代に何かあったんかね?」
「俺だったらかわいいミニスカでも着せようか」
「お前の趣味は聞いてないけどな」
そうしてクスクス笑い合う。
イツバは服を着せられ、車椅子に乗せられた。そしてベルトコンベアに乗せられてどこかへと向かっていく。
車椅子に乗せられたままホバークラフトの荷台に詰め込まれるための準備のために並べられた。イツバと同じ顔をした女の子達が、車椅子に座っていたのだ。
手を引かれるとイツバは立ち上がった。手を引かれるままに荷台に入り、ギュウギュウ詰めにになるまで押し込められた後に、大型のホバークラフトは荷台の扉を閉められた。
中は真っ暗で蒸し暑くなる。エンジンの熱が荷台に伝わり、振動も強い。意思のない人形のように、お互いに体重を預け合って倒れないようにしている様はどう見ても人間ではなかった。