最後のドンパ
「ごめんなさい。だまして。でもあなたのためよ」
老婆が言うと、私の耳の中にピンセットを入れてきた。
「痛くしないから動かないで」
そうして、耳の中から小さな機械を取り出した。
「耳の中は痛くない? 大丈夫?」
老婆はやさしく言ってくる。私はその機械を見て愕然としていた。
小型のスピーカー。私が聞いていた声は、このスピーカーから聞こえた声だったのだ。
「神の声じゃ……」
「神の声じゃないけど救いの声よ。あなたはあんなところに戻っちゃダメ」
そうは言うが私は聞いていない。
神の声だと思って聞いていた声に従って、シスターに禁止されていた部屋に入ってしまったのだ。
「シスターに謝らなきゃ……」
私は思う。そして、この部屋から飛び出した。
ドアを勢いよく締めて、私はこの部屋をあとにする。
「いいんですか?」
「仕方がありません。私達の行動は子供の誘拐ギリギリの行為です。洗脳が行き届いているからには、無理やりこちら側に付ける必要はないです」
「でも流体金属アンノウンがあの子の体の中に」
「あれは、鉄、マンガンなど、ミネラルを多く含む水分の中に溶け込もうとする性質があります。人間の体の成分は六十パーセントが水。ミネラルを多く含んだ水袋のようなもの」
「理屈は分かりましたが」
「そして人体に入り込むと無害になります。そして、増産をできる素材を手に入れる術は彼らにはありません。あなたがつぶしましたからね」
「そうではなくあの子ですよ! あの施設に戻ったら殺されてしまいます!」
老婆はそれを聞いて窓の方に歩いて行った。
言いにくい言葉を言うとき、相手の顔を見ずに、そして自分の威厳を損なわずに言う事ができる、彼女のテクのようなものだった。
「そうです。口封じの手間が省けます」
心無い老婆の言葉に男は絶句した。
私は孤児院に戻った。
「シスター! ごめんなさい! 私は……」
玄関の前に立るとドアに触れる前に大声で懺悔の言葉を言う。
だが私がドアに触れる前に、ドアは思いっきり開け放たれた。
「みんな! ごめん! 私は……」
私は許しを乞おうとして声を上げた。だが、シスターはそんな事は全く聞いていなかった。
「錬粒子をどこにやったの?」
聞きなれない言葉だった。小さかった私にシスターの表情は鬼の形相に見えた。
今になって思えば、私の体に入ったのが錬粒子だったのだろう。だがそんな言葉には聞き覚えがなかった私は、首を横に振った。
「そんなの知らない」
「なくなっているのよ! あなたがあの部屋に入ったんでしょう!」
シスターの後ろにいたテリーヌは私に向けて聞いてきた。
「ステナ。錬粒子を出して。あれがないとドンパができないから」
「そうだ! ドンパってそんなに正しいの!」
もともとこんな事をする事になった理由を思い出した私はそう発言した。
「何言ってるの?」
「やい! テリーヌに嫉妬しているんだろう!」
テリーヌの怒りの顔を見るのと、男子の野次が飛んでくるのはほぼ同時だった。
「友達だと思っていたのに」
テリーヌはそう言う。それは私だって同じだ。私は弁明をしようと思ったが、そんなものを聞いてくれそうな様子ではなかった。
「嫉妬? 嫉妬で私の使命を奪ったの?」
テリーヌは私に向けて進み出てきた。まるで物語に出てきた怒りの巨人が私に向かってきているように感じていたのだ。
「知らない! 知らない! 知らない!」
そう言って、私は孤児院に背を向けて一目散で逃げ出した。それから彼女らをまくことに成功した。
追手から逃げる方法を知っていたのが災いしたのか、それとも幸運だったのか?
私は見事に逃げ延び、遠く離れたあの街で探偵の仕事にありついて今に至っているのだ。
「テリーヌ。私をどうしたいの?」
「仲間に引き戻したい」
裏切者には死。これがあの孤児院のルールだった。そんな言葉を信じるわけにもいかない。戻ったら私は殺されるだろう。
「お前の体には錬粒子がある。人体に入っても使用する方法が発見された」
そんな言葉を信じていいわけがない。
「最後のドンパだ。お前にその大役が与えられた」
何を言いたいのかわからない。私はテリーヌを見上げて呆然とした。
カインはいまだに敵が見つからないのに、考えを改めていた。
「考えろ。赤外線で人間を探すんだ」
夜でも人を見つける事のできる赤外線センサー。もしかしたら穴があるのかもしれない。
そして、穴があるとしたらそれは何か?
「赤外線とは熱。遮断をできる装備があれば完全に隠れられる」
だがそれには分厚い壁の中にこもる必要がある。そんな怪しい人工物は発見できなかった。
「自然の中で赤外線を遮断できるものと言えば」
ふと考えたカイン。もしかしたらあそこかもしれない。湖に向けてユーフォーを飛ばしたカイン。
湖の底に沈んだら、赤外線など感知できない。なら手あたり次第に湖の中に撃ってみればいい。
カインは人が隠れられそうな深さの水を見つけると、かたっぱしから実弾を撃ち込んでいった。




