二人のイツバちゃん
「こっちです!」
イツバちゃんは言う。
ユーフォーは体温で人を感知する。赤外線を使って遠距離の索敵をして、近づくと脳波による索敵に切り替える。
敵に見つかる前に人混みの中に紛れ込んでしまえば、分からなくなるという。
今はお昼を過ぎた時間だが、食堂ではしぼりたてのミルクで作られたアイスクリームを販売しており人が多い。
そこに行けば敵も自分たちをカメラで探すしかなく、変装でもすれば高確率でやり過ごせるという。
無事に人混みの中にまぎれる事に成功した私たち。溜息をついてベンチに座ろうとしていると。イツバちゃんは言う。
「上着の交換をしましょう!」
イツバちゃんはダボダボのカーディガンを着ていたのだ。イツバちゃんと私は体格が全然違うとはいえ、羽織るだけならまったく問題はない。
取り換えられるものはすべて交換した私たち。サングラスとか、マスクとか、そういうものはなかったが、イツバちゃんの持っていた帽子で私の髪は隠された。
イツバちゃんは持っていた櫛で適当に髪型を変える。
「あとはじっとしていて動かないでください」
「でもカインは?」
「ユーフォーが動いているなら無事です」
イツバちゃんにとってはカインの安否が気になると思ったが、ここでもイツバちゃんは冷静だった。
脳波で操るユーフォーが動いているという事は脳波は正常という事。つまり死んではいないという事だ。
イツバちゃんの指示通り私はこの場に座ると、何も知らずにバカンスを楽しんている連中を眺めながら一息をついたのだった。
「カインは大丈夫? もう大分時間が経ってない?」
「まだ三分しか経っていません」
それくらいしか時間が経っていないのか、ずいぶん待っているような気がする。
カインは今戦っているのだろうが、待っているだけなのはキツいものだ。いつまで隠れ続けなければならないのだろうか?
「少しお花摘みに……」
イツバちゃんが言う。
お花摘みとか、かわいい表現をするものだ。いまどきそんな奥ゆかしい子がいるのだろうかと思う。
「緊張感を持ってください!」
私が気持ち悪い事を考えているのがバレたようである。イツバちゃんは、顔を真っ赤にして私に言った。
「いいですか! そこから動かないでくださいよ」
イツバちゃんは私にそう言い残してから席を立った。
強がっているところがかわいい。
最後までイツバちゃんは顔を真っ赤にして私の事を睨んでいたが、それはかわいいだけだ。
「このポンコツ……」
カインの監視ユーフォーは煙をあげていた。
安いものを使っているからこの大事な時に故障をしたのだ。
かろうじて浮いているが、どの機能まで生きているか分かったものではない。
「あいつのヤな声を聞かされずに済んでよかったわね」
スピーカーも死んでいるなら御の字だ。あいつはどうせ嫌味しか言ってこないのだから声なんて聞こえてきても邪魔なだけである。
「イツバちゃん。もう帰ったの?」
私のもとのに駆けてくるイツバちゃんの影。ものの数十秒で帰ってきた。
そうは言っても私の体感時間なんてアテになるものでもない。
「場所変えるよ」
いきなりそんな言い方をしてくる。
よく見れば私と交換したアクセなんかを着ていない。また変装をしたのだろうか?
「急いで」
イツバちゃんは私の手をとると引っ張った。
「どこに行くのよ!」
移動をするにしてもイツバちゃんはどこに行くのか場所も言わない。
しかも道を通らない。柵を乗り越え、どんどんと奥深い森にまで進んでいく。
「本当にどこに?」
イツバちゃんが一体どこに向かっているのか不安になった。
人気のない場所に向かっている。今は昼だというのに、木々の間から漏れる光はどんどん薄くなり周りも暗くなっていく。
イツバちゃんはピタリと足を止めた。
「ご命令通り、連れてきました」
誰かに向けて、スカートをチョンとつまんでお辞儀をする。
「アインステナ。久しぶりだな」
その相手は私の事を見てそう言った。
「イツバ! やられた!」
カインは空を飛びながらイツバに指示を出した。
カメラは生きているが、スピーカーは壊されステナに指示を出すことはできなくなってしなった。
携帯電話を使って空を飛び回りながらイツバに指示を出すカイン。
「ステナさんは私が戻る前に動いたんですか?」
「お前は戻った。正確に言うと、お前にそっくりの奴がな」
これはカインとイツバにとってある事を意味していた。
「それじゃ、敵は私とも関係のあるところでしょうか?」
イツバのいう事には考察の余地があるが、考えるのはあとだ。
カインが言うには監視ユーフォーは何者かの放射線による攻撃で壊されたのだという。
無事に残ったのは飛行機関とカメラだけだった。
そのカメラがステナをどこかに連れ去るイツバそっくりの人間を映したのだという。