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ライアンラヴァー  作者: TUBOT
カインとイツバ
13/37

二人の事情

 カインが言うと女性は押し黙った。

「通報する気ですか?」

「私は警察ではありませんので」

 ここで通報をした方が逆にすっきりするというのに、カインはいつまでも人の感情のないような返事しかない。この男に人の問題に介入する資格はないというのに。

 カインは根本的にクリーヴァーに向いていない。

「屯所を通じて弁護士に連絡をする事もできますが?」

「弁護士……?」

 やはりこの男は、こういう解決策しか提供しないらしい。問題は大事にならないように解決するのが当たり前である。

「事情を話します。そうしたら帰ってください」

 カインはうなずく。ここまで首を突っ込んでいおいて、話を聞くだけで本気で帰っていくつもりのようだ。


 二人はお見合いパーティで出会った。

 バツイチ子持ちという事であまり魅力的でははなかったが、熱心にアピールしてくるし、男からそんなふうに迫られた事のない彼女は、渋ったフリをしつつもまんざらではなく、最後にはオーケーを出したという。

 優しい彼が、前妻との子供との関係を大切にしている人柄に感動したし、気を使ってくれる事から、実はそんなに悪い人ではないと思ったのだ。

 意を決して結婚をした。確かに彼の人柄は悪くなかったが、子供の事になると周りが見えなくなるところが多かった。

 会うために必死に金策をしており、消費者金融から金を借りてまで養育費を払い続けたという。

 だが、彼は仕事をやめて事業を起こした身で忙しく、自分も彼を支えようと、必死に働いた。

 だが事業はうまくいかずに借金が増え続ける。だが事業を起こして最初の五年は負債が出続けるものである。頑張っていれば絶対にうまくいくという言葉を信じ、ひたすらいろんな仕事をかけもちして彼の事を支えたのだ。

 ある日耐えられなくなった彼女は言った。

「子供の養育費の支払いを一時止めない?」

 資金繰りに奔走しており、ロクに収入もなく自分たちも食べていくのがやっとの状況で、他人に金を送るのは無理がある。

 それに子供と会うと一日がつぶれる。新しい仕事を興して一分一秒が惜しい状況なのに、時間をつぶすような行為は賢くない。

 だがその言葉一つで彼が豹変したのだ。

「俺が子供の事をどれだけ大事に思っているか、分かってんのか!」

 うかつな事を言ったと思った。

 何より大事にしているものに触れてしまったのだ。

 彼は怒り狂って彼女に暴力をふるった。髪を掴んで引き倒した後、何度も踏みつけた。

 彼女はそれに耐えた。

 彼からの暴力が終わった後、別れようかと思った。

 彼と一緒でも先は見えない。借金は増え続ける。子供のためとはいえ自分に暴力をふるったのだ。

 起き上がった時彼女が見たのは、彼の泣き顔だった。

「俺がこんな事やったのか……?」

 自分のやった事を後悔して、ひたすら謝る彼がいた。

 自分の行為に彼自身も傷ついていたのだ。

「二度とこんなことしない。だから俺を許してくれ。見捨てないでくれ」

 必死に許しを懇願する彼を見て、今度こそは大丈夫だろうと思った彼女は彼の事を許したのだった。


「私が悪かったんです。彼が子供の事をどれだけ大事に思っているかわかっていたはずなのに」

 彼女は言う。

 無表情のカインは呆れているような口調で言い出した。

「それ典型的なドメスティックバイオレンスのスパイラルだわ」

「スパイラル?」

 カインの言葉に心の底が冷えた。

「スパイラルってのは螺旋の事。螺旋階段ってあるだろ? グルグル同じとこ周りながらある方向に向けて進んでいくっていう」

「ある方向って……?」

 さらに心臓が握りつぶされていくような圧迫感を感じた彼女は言葉を絞り出した。カインは無表情で言い出した。

「女がボロ雑巾にされて捨てられる」

「あの人はそんな人じゃない」

「すでにあんたボロ雑巾だろ?」

 カインは無表情になって調書を取り続けた。

「俺は警官じゃない。通報しようってわけじゃないさ」

 こんなのいつもの事とでも言いたげの態度だ。女性はそれに反感を感じた。

「典型的って何よ? 分かった風な口きかないで」

 そう聞くとカインは手を止める。

「最初は優しいけど、次第にそうでもなくなってくる」

 カインは面倒そうに話す。

「最初は遠慮しなくなっただけって思う。だけど、それがどんどんエスカレートしていって、どんどんムチャな注文を付けてくるようになる」

 彼女はまさに自分の事だと思った。カインの言葉に反論一つ出せない女性に向けて続ける。

「最後には暴れるなり暴力なり。その後猛烈に男は後悔をして泣いて謝る。そして、今度こそは大丈夫だろうと思う。確かに一時的に優しくなる。だがすぐに元の態度に戻る」

 これから先の自分の事を暗示するような内容だ。カインは無表情で最後に言う。

「繰り返し、繰り返しってね」

 そこまで言うと、調書をまた出した。

「俺は警官じゃないんで通報の義務はない。報告書の提出の義務はあるがな」

 自分の事しか気にしてない様子で言う。

「あんた。自分の事しか考えてないの?」

「あなた、俺に帰ってくださいって言ったよね?」

 確かにそう言った。だが、この状況で言う言葉だろうかとも思う。

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