保養地
保養地はカインのマンションから直通の場所にあった。
こういう場所へのアクセスの良さも、あの場所が高級マンションたる所以らしい。
遠くにはカラウスが囲いの中で草を食んでいるのが見える。ビニットが厩舎の中に納められていて、お客が乗馬を体験する事ができるようになっているようである。
さらに花の植えられたスペースがあり、遠くに見えるログハウスではしぼりたてのミルクでつくったソフトクリームを食べることもできるらしい。
いわゆる観光牧場というやつだ。
イツバちゃんが一番に興味を持ったのが、花が植えられているスペースである。あそこには子供であれば入って遊ぶことができるらしい。
そこに向かって駆け出して行ったイツバちゃんは花の絨毯の上に飛び込んでいった。
「今の季節はお花が咲いているんですね」
それだけ見るとほほえましいものだが、私の後ろには仏頂面のカインがいる。
「なんであんたまで付いてくるのよ?」
「俺はこの件の担当者だ。お前の見張りも兼ねているからな」
まったくこの男は、さっきから何様のつもりだろうか? こんな奴と一緒では心が休まる時間などあったものではない。
「後でカラウスを使って乳しぼりをしましょう」
イツバちゃんは私に笑いかけてくる。
カラウスとは牛のような生物だ。この星の風土に合い牛と変わらぬ乳量を出す生き物である。
ビニットも同様で馬に似た生物である。この星に最初から生息していた生物で、馬と似た外見をしている。同じでない部分といえば鹿のような角があるくらいだ。
大抵の牧場では危険だからという事で角が切り落とされている。ここのビニットも同様に角が切り落とされていた。
「お前らは先に行ってろ」
カインは言い、あさっての方向に歩きだした。
「私の監視をするんじゃないの?」
さっきから勝手な事ばかり言っているカイン。監視をするといったり、勝手な行動をしたりで何がやりたいのかわからない。
「仕事だ」
そう言い、前の方でもめている感じの男と女の二人組を見た。
「今はオフじゃないの?」
「クリーヴァーは自由業だ。オフは自分で決める」
理屈っぽいやつだ。
カインはもめている二人のところに向けてユーフォーを飛ばした。
「ちょっと! いきなりあんたは」
だが私が言うのは遅く、カインのユーフォーは男の事を撃ったのだった。
「ありがとうございました」
「何か納得いっていないという感じだが?」
カインは女性に事情聴取を始めた。
「乱暴ですまないな。もめ事を見つけたら早期解決がクリーヴァーの鉄則だ。俺は警官じゃない」
言い訳なのか説明なのか? おそらくカインは説明のつもりで言っているだろう。言い訳なんてする奴じゃない。自分の行動が正しいと信じ切っている.
「仕事をしたら報告をしないといけない。事の顛末をお聞かせ願えるかな? もちろん守秘はする」
カインもなんとなく痴情のもつれである事は察しがついているが、詳しく調べないといけない規則であるのだ。
「彼は私の彼氏なんですが」
おおかた予想通りの始まりだ。カインはそう思いながら話の続きを聞いた。
「あいつ。邪魔しやがって」
私の方はカインにヒドいめに遭わされた男の方に行った。
「ああいう奴なの」
私がその男に声をかけると男は私の事をむっちゃ睨んだ。
「なんだ? あいつの仲間か?」
「それは断じて違う」
むしろ、あなたの仲間だ。あいつの考え無しの乱暴な行動の被害者仲間である。
「何も分かってないくせにしゃしゃり出てきやがって」
クリーヴァーとはおせっかいな仕事であるとは思う。私も実質軟禁状態に置かれているようなものであるし。
「俺はあいつとやり直したかっただけなのに……」
この男は始める。
やはり心にたまっているものがあるのだろう。それは誰だって同じだ。
「俺はやり直したかったんだ。それで新しい仕事にも」
どうやら、この男はバツイチで離婚した奥さんの元に子供がいるらしい。
その境遇を分かってくれた今の人をと一緒に、やり直していくつもりだったというのだ。
「今の俺の心の支えは子供しかいない。だが前妻は養育費を払わないと子供には合わせないって。仕事を始めたばっかで収入も少ないのにいきなりそんな事できるはずもないじゃないか」
だからなんとか金を絞り出そうとして、必死に金策をした。だがそれを理解してもらえなかったのだという。
「金をそこらじゅうから借りるなとよ。俺の唯一の心の支えが子供しかないのはあいつだって理解してくれているはずなのに」
唯一の心の支えの為に必死で奔走するのを理解してくれないのだという。男にとっては生きる意味を無くされたも同然だったというのだ。
「一緒にやっていこうと約束してくれたあいつも、今になって俺にはついていけないだとか言い出して。考え直してもらおうと説得をしていたんだ」
そこにあのお邪魔虫のカインが登場したという事らしい。あいつは人の邪魔しかしない、本当に最低の奴だった。
「その怪我は?」
感情がないように淡々と事情を聞いてメモを取るカイン。女性は、カインの行動に人の気持ちを感じなく思っていた。
「それは……」
女性は口ごもった。
「男の暴力ですね?」