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FATAL=零  作者: 叶あたる
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九章 〝始まり〟

「ん、んぅ……」

 洞窟の天井から落ちる雫の冷たさに、アリスがゆっくりと重い瞼を開いて目を覚ましていく。

「アリス!」

「こう……ちん?」

 目を覚ましたアリスの瞳に最初に移ったのは、彼女の相方であった弘毅だった。

 体中に力が入らないアリスの体を弘毅が抱え起こしていくと、ピンクに染まった髪を揺らしていく、異形と一体化していたせいか、アリスの服はボロボロになっており、服の上には弘毅が着用していたコートが羽織られていた。

「……えっち」

「アホがッ!」

 場にそぐわない一言を発するアリスの言葉に、弘毅は呆れと恥じらいが混じった調子で罵倒の言葉をアリスに浴びせるが、その言葉には、どこか安堵感と穏やかさも混じっていたのをアリスは感じていた。

「終わったな」

 弘毅とアリスの戯れを遠目に眺めながら、和真が呟くと、「ええ」と天寧が返していく。

 和真の〝異能〟は完全に解除しており、負傷した場所を治療するために、春香は自身が着ている服の裾を破り、それを包帯代わりにして、わき腹や腹部を包むように巻き付けていた。

「とりあえずの応急手当は済んだけど、早く戻って治療しないね」

 春香の言葉に、和真も同意の意志を示す、〝異能〟の力によって、この程度の負傷は時間が経てば自然と完治するが、それでも、余計な心配を掛ける必要はないと考えた和真は、春香の言葉に、素直に従うことにした。

「それにしても、さっきのは何だったんだろう……」

 洞窟から出るために、裏口を目指し歩きながら、春香が先ほど起きた疑問を口に出した。

「まあ、十中八九、そこの嬢ちゃんの〝異能〟だろうな」

 春香の疑問に答えたのは、和真たちのやや後ろをついて歩いてきていた弘毅だった。

 弘毅は、アリスの体を支えるように抱きかかえながら歩を進めると、言葉を続けていく。

「もっとも、あんなタイプの〝異能〟は聞いたことがないがな」

 組織の一員になってからまだ日は浅いほうではあるが、それでも、知識面に関しては決して劣っていることはないと自負している弘毅であったが、先ほど起きた現象に関して憶測を超える説明が出来ないことに、軽い苛立ちを覚えていた。

「私の、〝異能〟……」

 弘毅の言葉に、天寧は不安そうな表情を見せた。

「あ、あのさ……」

 そんな天寧の様子に気付いたのかは定かではないが、弘毅に支えられながら、アリスが天寧へと声を掛ける。

「あ……」

 アリスに声を掛けられ、何かを伝えようとしているアリスの姿に、天寧は小さく首を傾げながら見つめていく。

「ありがと……」

 恥じらいから顔を紅潮させ、気持ち口早になりながらも、アリスから発せられた言葉に、天寧は精一杯の笑顔を返した。

「和真さん、私、分かった気がします」

「え?」

 天寧が正面へと向き直ると、先ほどの不安な表情は消え、代わりに、答えを見つけた満足そうな表情を見せていた。

「私の力が何かは分からないですが、それでも、私の力は、誰かの力になるためのものだと」

 後方では、アリスの言葉をからかった弘毅が頬を強く引っ張られており、二人の姿を天寧は一瞥すると、微かな間を置いてから言葉を続けた。

「だから、私、決めました」

「決めたって、何を?」

 天寧の決心の言葉に、天寧と和真のやり取りを春香は横目に眺めていた春香が声を掛ける。

「私、和真さんの協力をしたいです!」

「……へっ?」

 天寧から続けられた言葉に、和真は思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「和真さん、あの人みたいに、困っている人を助けるために戦っているのですよね? だから、私はそんな和真さんのお手伝いをしたいのです」

 どうしてそういう風に捉えられたかは和真には分からなかったが、天寧にとっては、和真が戦っていた理由をそう解釈していたようである。

「あ、す、すみません、いきなりこんなことを言っても困りますよね」

 自分の発言の唐突さに恥ずかしさを感じ、今度は天寧のほうが焦り出していた。

「ったく……のんきなもんだぜ、さっきまであんなやり合いをしてたってのによ」

 焦りだして軽く混乱し始めていく天寧を落ち着かせようと、当たり障りのない言葉で和真は天寧を宥めようとするが、その様子を隣で険しい表情で見守っていた春香に気付くと、若干ながらも、微妙に険悪な雰囲気になっている。

 そんな様子を眺めながら、弘毅は皮肉交じりに呟いたが、その言葉に悪意は感じ取られなかった。

「いいじゃん別に、きっと若いってことなんだよ、うん」

 アリスから返された言葉に、自分だって大概若いだろうがと心中で呟く弘毅だったが、疲れていて、とてもじゃないが、これ以上おどける気力はなく、軽く鼻で笑って流していった。

「ねぇ、コウちんは、何で〝アムリタ〟に入ったの?」

 鼻で笑う弘毅の姿は気にせずに、アリスは、弘毅へ疑問を投げかけてきた。

「あ? 何でって、何でだよ?」

 アリスの問いかけに、お茶を濁すような返答をしていく弘毅だったが、じっと弘毅を見つめてくるアリスの瞳に、小さく舌打ちをして頭を掻いていくと、面倒くさそうに口を開いて続けていく。

「お前らみたいに御大層な理由もなければ思想もねぇよ。ただ、社会のはみ出し者が粋がってはみ出し続けた結果、ここに行き着いた……それだけだ」

 弘毅の返答に満足したのか、弘毅の体へ自身の体を預けるようにしながら、アリスは「そっか」と小さく呟いていく。

 各々の想いを語りながら、数分ほど歩き続けていくと、洞窟の奥のほうから光が差し込んでいるのが見えてくる。

「出口だ」

 和真が発した言葉に、気持ち小走りになって出口へと向かっていき、洞窟から出ると、それぞれの目に日差しが入ってくる。

 洞窟内の暗がりに慣れてしまったせいで、日差しに目を眩ませてしまうが、数秒ほどすれば目も慣れていき、視界を取り戻していく。

「っ!」

 洞窟の外には、出口を取り囲むように大勢の村人たちが立っていた。

 村人が和真たちを確認すると、村人の間を抜けて、一人の男が姿を見せてきた。

頬はこけ、頬骨が浮き出ている。浴衣の上に羽織を着用しており、見据える目つきは鋭く、普段から険しい表情を更に険しくさせて和真たちを睨みつけていた。

「お父様……」

 村人たちの間から現れたのは、この村の長でもある天寧の父親であった。

「…………」

 天寧の父親は無言ではあったが、その佇まいと険しい表情から、場の空気を凍りつかせるほどの威圧感があった。

「お前たち、こんな場所で何をやっているのだ!」

 村人の一人が口を開くと、それに続くように他の者たちも声を荒げなはら口を開く。

「勝手に〝祟り様〟の岩戸に入っただけじゃなく、おまけに生贄まで連れ出してしまうとは、お前たち、自分たちが何をしたのか分かっているのか!」

「ちょっと、アンタら――!」

 村人たちの避難の言葉に、思わずアリスが口を挟もうとしたが、弘毅がアリスの肩を掴みながら、首を振って制止させていく。

「よそ者め! この村から出ていけ!」

 弘毅に制止され従うアリスだったが、尚も続けられる村人たちの罵声に、怒りに肩を震わせていた。

「静まれ、皆の衆」

「長……」

 今にも暴動が起きかねない状況の村人たちだったが、村長から発せられた、威厳の込められた低い声を聞くと静まりかえる。

「天寧、ここで何をしているのだ」

 村長が一歩天寧へと歩み寄ると、天寧も応えるように、自らの父の傍へと歩み寄っていった。



 和真たちが洞窟から出て数刻が経っていた。

 天寧は、村長である父と、この場に居る村人たちに、事の顛末を説明していた。

 生贄として捧げられた自分が、たどり着いたときには、既に〝祟り様〟が弘毅とアリスに殺されていたこと、その弘毅とアリスが自分を連れ去ろうとしたときに、和真が助けに来てくれたこと、〝祟り様〟と一つになってアリスが怪物になってしまったこと、そして、アリスを助け出すために、ここに居る全員でアリスを助け出し、〝祟り様〟を滅ぼしてしまったこと――。

 天寧は、嘘偽りなく説明を終えると、村人はおろか、村長である天寧の父も動揺を隠せずにいた。

「そんな……〝祟り様〟が……」

「この村は、これからどうなってしまうのだ……」

 代々崇めていた存在が滅びたことに、村人の何人かは崩れ落ちるように膝を着いていく。

「お前たち、自分が、自分たちが何をしたのか、本気で分かっているのか!」

「うっさいなー、さっき天寧が一生懸命説明したじゃん、それでもまだ分かんなかったわけ?」

 村人の糾弾に、相変わらず気にも留めないような調子でアリスが反論していくが、もう制止するのが疲れたのか、もしくは村人たちの様子に呆れたのか、弘毅はその様子を静観していた。

「この方々に非はありません、罪はすべて私が受けます! ですから――」

「天寧、そういうの言いっこなしだよ!」

 天寧が言い終えるよりも前に、春香が隣に立って天寧の言葉をさえぎった。

「そうだよ、これは俺が自分の意思でやったことだ。天寧さんこそ、何の非もないはずだ!」

 春香に続き、和真も天寧の隣に立っていく。

「まあ、そこの嬢ちゃんじゃなくて、俺らに問題があるわけだからな」

「そうそう、悪いのはアタシら……って、何かおかしくないそれ!」

 おどけた調子は崩さずに、弘毅とアリスも続けて天寧を庇う言葉を発していく。

「皆さん……」

 自分を守ろうとしてくれる姿に、天寧は思わず涙が零れそうになり、顔を覆ってしまう代わりに、胸に手を合わせていく。

「死する神は、神に非ず、か……」

「長?」

 天寧の父の口から漏れた言葉に、村人たちは怪訝な表情を向ける。

 村人と和真たちへ交互に視線を向けると、天寧の父は深く息を吸っていき、ゆっくりと口を開いていく。

「我々がこれまで祀ってきた神は、神などではなかったということだ……」

「そんな……では、これまで私たちがやってきたことは一体……」

 天寧の父から告げられた言葉は、村人たちからすれば耐え難い事実であった。

 これまで天寧だけではない、多くの村の者たちを生贄として捧げて来たのだ、ここに居る村人たちの中には、自分の子供を生贄として捧げられた人も居ただろう。

 しかし、その神として崇めてきた存在を、和真たちが倒してきてしまったことで、彼らの妄信は徐々に崩れ去っていった。

「人などの手により潰えられる存在を、果たして神と呼べるだろうか」

 天寧の父が静かに続けていく。

「これまで払って来た犠牲が戻ってくるわけではない、だが、我々は変わらなければならない、それが、せめてもの償いというものだ」

 人により潰えられる神、そのような存在を果たして神と呼べるかどうかは、誰にも分からないことだ。

村人すべてというわけにはいかないだろうが、それでも、少なからず、現状に対して疑問を持っていた者にとっては、天寧の父の言葉で目を覚まさせるには、十分な事実であった。

「それじゃ!」

 天寧の父と村人たちのやり取りをじっと聞いていた和真が口を開いた、もしものときがあれば、天寧と春香、弘毅とアリスたちだけでも逃がそうと考えていたが、そんな思いが杞憂に終わったことへの安堵の気持ちも含まれていた。

「だが、物事にはけじめというものがある」

 天寧の父の口から告げられた〝けじめ〟という言葉に、咄嗟に身構えてしまった和真であったが、天寧の父が手で制止する仕草と、和真へ微笑み天寧の姿に、すぐに構えを解いて耳を傾けた。

「姫野天寧……この村の長としての権限により、明後を持って、この村からの永久追放による処分を言い渡す」

「っ!」

 天寧へ言い渡された宣告に、天寧以外の全員が動揺を隠せなかった。

「なによそれ! アンタ天寧のオヤジなんでしょ? 娘が無事に戻って来たっていうのに、出ていけだなんてあんまりじゃないの!」

「落ち着け、アリス」

 中でも、アリスは一際感情的になってしまい、罵声を浴びせていくが、体調が回復しきっていないのもあってか、弘毅にあっさりと口を止められてしまった。

「この村にはこの村の事情ってもんがあるんだろう、むしろ、永久追放程度で済むっていうのは、かなりの温情だと俺は思うぜ?」

 内心気持ちのいいものではなかったが、弘毅としては、親としての裁量があるにしても、かなり軽い処分だと考えていた。

 何せ、この村が信奉していたものを滅ぼしてしまったのだ、普通に考えれば、逆上した村人たちにリンチされたりして殺されてしまってもおかしくはない、現に、天寧の父の言葉があったとはいえ、現状を受け入れきれずに、和真や天寧たちへ怒りの眼差しを向ける者も少なくはなかった。

「天寧さんは、それでいいのかい?」

 宣告を聞いたときは感情的になりかけてしまったが、弘毅の言葉に、何とか落ち着きを取り戻した和真は、天寧へと顔を向けて尋ねていく。

「はい」

 他の皆とは違い、父の宣告を受けても穏やかな表情を一切崩さなかった天寧からの言葉を聞き、和真は、もはや納得するしかなかった。

「明後まではまだ時間がある。それまでは、身支度をするなりして過ごすといい」

 そう言い終えると、天寧の父は和真たちに背を向けていき、村人たちをそれぞれの持ち場へと戻るように促していった。

「でも、永久追放だなんて……天寧、行く当てなんてあるの?」

「んー、まだ時間もありますし、お母様と相談してみます。大丈夫ですよ、私、こう見えても強いですから!」

 春香が心配そうに天寧へと声を掛けるが、天寧としては、恐らく真面目に言っているつもりなのだろうが、両腕を上げてみせて似合わないガッツポーズをする姿は、傍から見れば非常におかしなものに見えたが、同時に、どこか安心も感じられた。

「さてと、そろそろ俺もお暇しようかね」

「組織に、戻るのか?」

 弘毅が重い腰を上げながら呟いた言葉に、和真は微かに残念そうな表情を見せながら問いかけた。

「あ? あー、多分、もう戻ることは出来ないだろうな。何せ、これだけの大失敗をしてしまったんだ」

 和真の杞憂はお構いなしと言った風に、弘毅は、「誰かさんのせいでな」と付け加えていきながら、皮肉交じりの微笑を浮かべていく。

「どうせはみ出し者だ。ま、俺はこう見えても顔が広いんだ、今の職場がクビになったぐらいじゃどうってことはねぇから、お子様が余計な心配するんじゃねぇよ」

 それだけ言い終え、弘毅はシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出すと、火を点けた煙草を一服しながら歩きだしていくが、背後から何かが着いてくる気配を感じ、振り向いていく。

「……んだよ?」

 弘毅の背後には、ピンクの髪を揺らしながら、垂れ目気味な瞳で弘毅を見上げるアリスの姿があった。

「アタシもさ、多分、もう組織には戻れないと思うんだよねー、それに、コウちんははみ出し者で可愛そうだから、せっかくだからアタシが着いていってあげるね」

 アリスのお気楽な調子で語り掛けていく様子に、面倒くさそうに頭を掻きながら弘毅は小さく舌打ちをすると、「勝手にしろ」と吐き捨てながら、再び歩を進め始めていた。

 弘毅の背中を追おうとする前に、アリスは、和真たちに振り向きなおすと、口をもごつかせながら、ゆっくりと口を開いていく。

「えっとさ、アタシが言えたことじゃないのは分かってるんだけどさ……色々ごめんとありがとう、ま、またねー!」

 口を開いたかと思えば口早に言い終え、和真たちに小さく手を振ったアリスは、弘毅の背中を追いかけるために、そそくさとその場を後にしていった。

 弘毅とアリスの二人の姿をしばらく見送っていった和真たちだったが、村人たちも全員帰り終えた頃に、和真たちも帰路に着こうとすると、天寧の父が和真の前に立っていた。

 天寧の父に見下ろされる形になり、咄嗟に言葉が思い浮かばずにいると、見下ろしている男のほうが先に口を開いて来た。

「確か、和真君と言ったね。村の長としては、君たちのやったことは許されざる行為だ」

 今回の件に関していえば、はっきり言ってしまえば、和真が独断で行なった行為であり、結果的には天寧の命を救うことが出来たとはいえ、それはあくまで結果論の話であって、和真の行った行為は、決して褒められる行為ではなかった。

 和真自身も、自分の行なった行為が、完全な独断行為だったことは自覚していたこともあり、天寧の父から発せられる言葉に何も言い返すことが出来ず、うつむいてしまった。

「だが……一人の父親として、娘を助けてくれたことには礼を言わなければならない。娘を、天寧を救ってくれて、ありがとう……」

 和真の頭上から発せられた言葉には、威厳さと共に穏やかさが込められており、和真が見上げた先に居た男の表情には、村の長としてではなく、一人の父親としての優しい表情をしており、男は、和真の隣に立っていた愛しき娘を優しく抱きしめていた――。





 夏の日差しが落ち着き始めた夕暮れ、繁華街の中にひっそりと立つ雑居ビルの廊下を一人の初老の男が歩いていた。

 男の格好は、ネクタイとズボンをピシッと着用したスーツ姿に、後ろへとなでつけた髪は清潔感を出しており、雑居ビルにはあまりにも似つかわしくないほどに身なりが整いすぎていた。

 清潔感のある白い手袋をはめた右手には、秒針の動かない懐中時計が握られており、時計のほうには一切目はくれずに、足元からは、革靴から発する小気味よい音を立てながら、しっかりとした足取りで、男は目的地である一室へと歩を進めていた。

 数分ほど掛けて、目的地である部屋がある扉の前に立つと、部屋の主の確認をするために、二度ほどノックを鳴らしていく。

「入れ」

 声を聞いた男は、かしこまった態度で扉の前でお辞儀をすると、手慣れた手つきでゆっくりと扉を開いて入室していく。

「玖珂か、どうした?」

 玖珂と呼ばれた男の前には、来客者用の机があり、その奥には、デスクを挟んで純白のコートに身を包んだ一人の男が椅子に腰かけながら、何やら書類に目を通していた。

 室内は綺麗に整理されており、棚には大量のファイルや書類の類が収納されている。

 インテリアらしいものは観葉植物以外には見受けられなかったが、綺麗に整えられた室内からは少なからずに優雅さを漂わせていた。

「はっ……誠に遺憾ではありますが、此度の件に関してございます」

 初老の男は、頭を深々と下げながら、無念の意思が込められた言葉を口にしていく。

「案ずるな、貴様が気に病むことではない」

 視線は向けずに、初老の男に言葉だけを向けていく純白のコートの男は、一組の男女の写真が貼られた書類を読み終えていくと、無造作に傍に置いてある屑箱へと書類を放っていく。

「しかし、我が愚息の不始末、この失態は、私が直々に払拭をしたいと――」

 初老の男が顔を上げて言葉を続けていくと、純白のコートに通した右手の人差し指を立てて、男の言葉をさえぎった。

 言葉をさえぎられた初老の男が、純白のコートの男が立てた人差し指を見つめていると、男は、指を静かに鳴らしていく。

 指が鳴る音が室内を静かに響き渡らせると、屑箱に放り込まれていた書類からぽっと軽い音を立てたかと思うと、書類が入っていた屑箱の中には、白い灰のみが残っていた。

「この件に関しては、これで終わりとしよう。あの二人に関しては、例の奴と同じように、泳がしておくようにしておけ」

「かしこまりました、旦那様」

 まだ納得のいかない部分はありながらも、初老の男は頭を下げながら、純白のコートの男の言葉を承っていく。

「それと、その呼び方はプライベートのときだけにしてくれ」

 呆れるほどに自分へ忠誠を誓う初老の男に微笑みかけていくと、椅子から腰を上げて立ち上がっていくと、窓に掛けられたブラインダーの隙間から差し込む日差しを浴びていく。

「はっ……旦那様、いえ、〝アムリタ総帥〟――マンドラ様」

 腰まで伸ばした金髪は、神々しさを感じさせるほどに美しく輝きを放ち、双眸から覗かせる瞳は、燃えるような真紅に染まらせ、マンドラと呼ばれた男のあまりにも浮世離れしすぎていた姿は、人のそれとは大きく異なる異形な魅力を発しながら、静かに佇んでいた――。

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