繰り返し……くりかえし……くりかえ死
男は、高層マンション屋上のフェンスの外側へ立っていた。
靴はフェンスの内側に、遺書と一緒に置いてある。
「後悔は無い……」
死こそが救いであり、苦しみからの解放である。
苦しみだらけの社会で生きるよりも、死の先にある無の方がましだ。
そう考えてしまう程度には、男の精神状態は追い詰められていた。
「……これで楽になれる」
覚悟を決めた男は、大きく深呼吸をした。もう迷いは無い。
「逝くか……」
そのまま前方に倒れ込むようにして、男は身を投げた。
重力に引き寄せられた体は速度を増し、風を切る感覚をその身に感じる。
長い。長い。あまりにも長い。
――まだか、まだなのか……
男の誤算は、確実に死ぬために、高層マンションからの身投げを選択してしまったことだ。
地面へ叩き付けられるまでの時間が、死の恐怖を呼び起こしてしまった。
「い、嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!」
とうとう目を開けてしまった。
迫りくる地面。加速する体。
生物としての根源的な死の恐怖が、男の心身へと刻み込まれていく。
「ぶつか――」
地面へと衝突した瞬間。意識は消失し、その体は人の形を失った。
※※※
「ここは……」
意識が覚醒した瞬間、男は再び恐怖を味わうことになる。
「えっ!」
自分の状態を知覚した瞬間には、その身は高層マンションの屋上から投げ出されていた。さながら再現映像のように。
「うわああああああああ!」
天を衝く絶叫。
死による解放を求めて飛んだはずなのに、どういうわけか男は死の瞬間を繰り返していた。
飛び降りる瞬間には確かに迷いは無かった。だが、長すぎる落下時間のもたらした恐怖が、男の中に強い生への執着を生んでしまい。結果、男の魂は現世に繋ぎ留められた。
飛び降りてから地面へ叩き付けられるまでという、最悪な形で。
――あれは、俺?
落下中の男の目に映ったのは、地面へと衝突し、物言わぬ肉塊と化して自分の死体だった。
※※※
「うわあああああああ!」
男が落ちるのは、これで4回目となる。
落下中に目にしたのは、転落死した男の遺体を発見したマンション住民の女性が、腰を抜かしている様だった。
※※※
「うわあああああああああ!」
男が落ちるのは、これで9回目となる。
通報を受けた警察や救急隊が現場へ駆けつけ、男の遺体を収容していった。
※※※
「うわああああああああああああ!」
男が落ちるのは、これで84回目となる。
現場には花が供えられており、男の親族が手を合わせていた。
※※※
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」
男が落ちるのは、これで100938回目となる。
現場には今日も、絶叫を上げながら転落死を繰り返しているという霊の噂を耳にしたオカルトマニア達が足を運んでいる。
※※※
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」
男が落ちるのは、これで29384729回目となる。
高層マンションは数年前に取り壊され、現場は更地となっていた――
了




