話を聞かない勇者、容赦ない魔神
目の前に小さな女の子がいる。
真っ白いドレスアーマーの様な出で立ちで、こちらを睨みつけてこう言った。
「そこの、乳のでかい女きさま魔族だな」
「何じゃ、この不躾な子供は?」
「たぶん、勇者だろ?ほら、神気を放っているだろ」
「そんなことは分かっておる。失礼にも程があるじゃろうってことを言っておるのじゃ」
たしかに不躾だが、子供なんだから仕方ない。
どう見ても、妹のレンと同じくらいか、ちょっと下くらいの年齢だろう。
「そこの男、お前は何者だ。神力を感じるが、魔力も内包しているみたいだが」
「お嬢ちゃん、初対面の人には挨拶しましょうって、パパとママに教わらなかったのかな?」
「誰がお嬢ちゃんだ。こう見えても勇者なんだぞ」
どう見ても、ただの少女だ。
ただ、恐ろしいほどに感じる神気は勇者をかたるだけのことはある。
「それで、なにゆえ妾を魔族と決め付けるのじゃ?」
「お前から感じる力は魔力だ。だから魔族だろう」
「ははっ、それじゃ神力と魔力を両方持ってる俺は何かな?」
「そんなこと私が知るかっ!だとしても、魔族は絶殺なのです」
「ナナシよ、こやつは話が通じぬようじゃ」
ふむ、どうやら話が通じないようだ。
勇者は、その手に持つ剣をこちらに向けて構える。
できれば穏便に済ましたかったのだが、こいつは少しお仕置きが必要かな?
「お嬢ちゃん、剣を人に向けちゃダメって教わらなかったのかい?これ以上俺たちに迷惑をかけようってのなら、こちらにも考えがあるからね」
「そうじゃな、お尻百叩きも考慮しておくかのう」
「何をわけの分からぬことを!魔族め、この勇者プニエールの力思い知るがいい!」
そういって、勇者プニエールが神力を解放する。
仕方がない、聞き分けのない子供にはお仕置きだ。
「ニース、この子にはお仕置きが必要だ」
「そのようじゃな」
ペタルーツの腕輪を天にかざす!
「人魔剣神融合!」
叫び声とともに光に包まれる。
ニースが、魔剣レオニスの姿に戻り、俺の体に融けていく!
腕輪から送られた情報が、魔力を神経に変え身体中に張り巡らされていく!
魔剣レオニスが、外皮を覆い鎧のような身体に作り変える!
黄金の装飾が縁取られた黒い体に真紅の紋様が現れる!
光の中から現れたのは、神々しい人外の戦士!
「なっ!?貴様何者だっ!」
変身した俺に驚いて、勇者プニエールが叫んだ。
それに答えるように俺も叫ぶ。
『人と魔剣と神とを超えた、お仕置きの戦士』
公園にいた家族の応援が轟く、恋人達の歓喜が響く、騎士団の足踏みが激震する。
その名乗りは、お仕置きの咆哮!
『マケンアイダーレオニス!参上!!』
ドッガァァァァァァァァァン!
融合した時の、余剰魔力が放出されて背後で爆発する。
野次馬が数人吹っ飛んだのはご愛嬌。
「その腕にしているのは、神の腕輪!?それに、お前あの乳女と融合したのか、魔力を内包している意味が分かったわ。やはり、上級魔族だったようだな」
勇者プニエールは、俺の腕にあるペタルーツの腕輪を見て怒りを顕にしていた。
そうだろうなぁ、神器だと思っていた物を魔族が持っていたとなっちゃ。
「きさま、その腕輪は、女神パイーナ様から奪ったのか?」
「いや、こいつは俺が直接アナリヤから貰ったものだ。まさか、同じものを持っている奴がいるとは思わなかったが、それも勇者の手にあるとはな」
とりあえず煽ってみる。
すると、ニースの声が頭に響く。
《ナナシも、性格が悪いのう》
見ると勇者プニエールがワナワナを震えている。
「ま、まさか、女神パイーナ様以外の女神様がいるとは。なぜ、女神アナリヤ様は、このような魔族風情に神の腕輪を託したのか」
《ぶっ。ア、アナリアが女神じゃと!?》
「女神アナリヤ?何の冗談だ」
《何がおかしいんですかっ!》
勇者プニエールの言葉に、俺もニースを笑が止められない。
そんなときに、件のアナリヤが次元通信で無理やり介入してきた。
《よう、女神アナリヤ様。ぶふっ》
《御機嫌ようなのじゃ、女神アナリヤ様。ぶふーっ》
《笑うなーっ!あんた達には分からないだろうけど、他の人たちにはそういう対応してんだよ!》
《本当に、お前達のこと女神だと思っているんだな。この勇者プニエールって奴が可哀想に思えてくるぞ》
《他の部署の、同期のパイーナって変わったやつが担当なんだよ。乳ばかり大きくて、この前結婚したけど羨ましくなんかないぞ》
《あぁ、ご愁傷様》
《世知辛い世の中じゃのう》
《結婚相手が仕事のできるイケメンだとか、新築の一軒家を一括で購入したとか、私より先に統括主任になったとか、全然羨ましくなんかないんだからねっ!》
女神様が、何か言い訳しているようだが無視して勇者の方を見る。
先ほどから神気が増大しているのか気になるのだ。
「女神様を、神の力を侮辱するな。来たれ我が神剣!聖賢ロクデナーシュ、聖鍵トゥヘンボーグ」
勇者プニエールが、そう叫ぶと光の魔方陣が現れ、その中央から二振りの剣が現れた。
一方は、刃の部分が木の枝で作られたような剣、もう一方は刃の部分に凹凸があり鍵のようになっている剣だ。
何の冗談だろう、木の枝のような剣は数枚の葉っぱが生えている。
《あの剣、冗談が過ぎるぞ》
《知らないわよ、作ったのはパイーナなんだから。学生の頃から、よくわからん絵とか描いてたし。》
《なるほど、パイーナってやつはセンスが抜群なんじゃな》
二振りの剣を携えて、勇者プニエールが構える。
ならばこちらも答えようじゃないか。
「出でよ!大いなる女神の祝福を受けし魔神の刃!魔剣レオニス」
《ぶふーっ。め、女神の祝、祝、祝福じゃと!やめい、笑が止まらん》
《おあらーっ、お前等私のことバカにしてるだろう。それ絶対ディスってんだろう!》
《だって、女神様から貰い受けた力だからね。ぶはーっ》
《ふざっけんなぁ、くそが!あぁそうだよ、この間のトラブルを隠してたこと上司にばれて減給されるし、同期は結婚して出世するしお前らはバカにするし、酒でも飲んでなきゃやってられねぇよ!だいたい、あのイケメンだって私が先に狙っていたんだぞ!》
《そんなんだから、ダメなんじゃよ》
そんなバカげたやり取りしていると、光の魔方陣から一振りの剣が現れた。
その剣を手に取り、勇者プニエールに向けて言い放つ。
「どちらが、女神に祝福されているか、戦って証明しようじゃないか」
「望むところだ、お前のような奴に負けてたまるか」
言うが早いか、俺は一気に距離を詰め剣を振るう。
勇者プニエールは、紙一重で躱し体を反転させながら連撃を繰り出す。
なかなか速い連撃だが、全て受け流しカウンターで蹴りを入れる。
「ぐはっ、今の連撃を受けてカウンターまで入れてくるなんて」
「甘いな、その程度の攻撃が通用すると思っていたのか?お前が戦ってきた魔族というのは、余程弱っちい奴らばかりだったようだな」
その言葉に怒りを覚えたのか、勇者プニエールが神気を爆発させ突進してきた。
俺は、すんでのところで躱し、その腕を掴み勢いを殺さずそのまま地面に叩きつけた。
勇者プニエールは、受身を取れずもろに衝撃を受けた。更に、その反動で浮き上がったところに顔面に拳を打ち込んだ。
もう一度地面に叩きつけられたとこを、殴る殴る殴る殴る殴る。
さすが、女神の祝福を受けた勇者だけあって鼻血しか出ていない。
まだ起き上がれずにいるところを、横っ腹に蹴りを入れる。思いっきり吹っ飛んで、公園の噴水にぶつかり破壊しやがった。
「おいおい、街の公共物をぶっ壊すなんて、とんでもない勇者だな」
《あれは、ナナシの所為じゃろうが》
《知らん、あいつが弱いのがいけないんだ》
《ちょっとやりすぎなんじゃないの?》
《あいつから喧嘩吹っかけてきたんだぞ、俺は穏便に済まそうと提案したが反故したじゃねぇか》
それでも剣を離さずにいるのは、まだ戦う意思があるってことだな。
ならばとことん、お仕置きをしてやろう。
「おのれ卑怯な、正々堂々と剣のみで勝負をせずに、蹴りを入れたり顔を殴ったり。さすが魔族はやり口が汚い」
なに言ってんだ、こいつ本当に勇者か?
自分ルールも大概にしろよ。
《なぁ、こいつ本当にぶっ飛ばしていい?》
《ふむ、こいつの言う正々堂々とは、自分の都合のいいことだけのようじゃな》
《できれば責任とりたくないから、穏便に済ませてくれた方がいいのだけど》
《それは、こいつが既に反故しただろうが》
《そうなんだけどねぇ》
《とりあえず、死なない程度にとどめさすから、後のことはアナリヤが何とかしてくれ》
アナリヤの意見など聞かずにとどめの構えに入る。
「悪いが、お遊びはここまでだ。貴様程度の奴にこれ以上は時間がもったいないのでな」
「なんだとっ!?」
「お前は口だけで弱すぎる、正義をかたるならもっと力をつけるんだな」
魔剣レオニスを天に掲げ叫ぶ!
「ウェイディーンリアクター!エンゲーーーージ!」
ひときわ輝くペタルーツの腕輪が光を放つ!
伸びた光が、天に巨大な魔法陣を作り出し、そこから光の柱を生み出した!
勇者プニエールが光の十字架に磔にされる。
「な、なんだ。これは、女神の光か!?なぜだ、体が動かない」
「お前は、俺の女神の力に負けたということだな」
「そうか、私の負けなのか。この光の中で動けないと言うことはそうなのだろうな。女神パイーナ様、力及ばず申し訳ありません」
観念したのか、勇者プニエールの手から神剣が消えた。
その目には、大粒の涙が溢れていた。
俺は、手にした魔剣レオニスで勇者プニエールを叩き斬った、ふりをした。
「お仕置き完了」
光の奔流が公園を駆け巡る。
勇者プニエールは、気絶したようだ。
《えっ、勇者斬っちゃったんですか?》
《手加減はしておいたから、ていうか斬ってないし》
《斬ってしまったなら、お尻百叩きは免除なのじゃ》
《だから、斬ってねぇって言ってるだろうが》
天の魔法陣から光の粒子が降り注ぎ、壊れた噴水も、芝生の抉れた所も綺麗に直り、勇者プニエールの怪我も治っていた。
いつもの様に騎士団が、後処理に動き出す。
元の姿に戻ると、レンが飲み物を持って駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり、レン」
「おかえりなのじゃ」
「あれ、この子誰?」
勇者プニエールに気づいたレンが聞いてきた。
「勇者らしい」
「そうらしいのじゃ」
そういうと、勇者プニエールの体が光だし宙に浮いたと思ったら、掻き消えるようにいなくなった。
《一応こっちで回収しておくから、感謝しなさいよ》
《ありがとう、女神アナリア様》
《恩に着るのじゃ、女神アナリア様》
《二人とも、後で覚えていろよ》
そうして、俺たちの休日を勇者によって邪魔されたが、その後は楽しく過ごしたのだった。
多次元管理組織ナマケラスの主任室。
「今回、あんたの担当の勇者と、うちの担当の子が戦ったわよ」
「あれ、そうなの?」
「マジで参ったわ、あの勇者こっちの話しぜんぜん聞かないんだもの。なに言っても、魔族は絶殺ってかなり迷惑だったみたいよ」
「あぁ、話し聞かないわねあの子は」
「知ってたんかい」
「最初連れてきたときに、勇者になって魔王を倒したいって言うから、他の世界を参考にして色々あげたけど、説明も聞かずに動き出しちゃったからね」
「そりゃ、お前の責任じゃないか!」
「次元通信で話をするんだけど、私の言うことを曲解してどうしようもないのよねぇ」
「なんとかしないと、上にばれたらまずいよ」
「私じゃ、あの子はどうにもできないから、あなたの方で対処してよ」
「ただでは嫌だ」
「じゃあ、実家のとっておきの地酒あげるから、ねっ」
「何本?」
「2本?」
「5本!」
「いや、多すぎでしょ」
「このこと、上司と旦那に話すよ」
「OK!5本送るわね」
こうして、今日も管理官は仕事に精を出すのであった。
アナリヤとパイーナは女神として他のところでは活躍してるはずなんです。
ここでは弄る対象になりましたけど。




