トイレの鍵が開かない
深夜のテンションで書き上げたものなので、独特のノリになっているカモです。
困ったことになった。一体どうしてこんなことになったんだ。
こんなことを経験することになろうなんて、そうそうないだろう。
状況を整理よう。
外を散歩していると便意をもよおして、俺は近場の公園のトイレへ駆けこんだ。
そして用を済ませたので、いざ鍵に手を掛けて開けようとしたのだが動かない。壊れてしまっているようだ。
つまるところ、俺は現在トイレに閉じ込められてしまっているという訳だ。
なるほどなるほど。
「助けてくれー!」
冗談じゃない。こんな俺の下ばかりの臭い漂う所に、いつまでも閉じ込められている訳にはいくか。
俺はここから出るぞー。
なあに、鍵が開かないのならドアをぶち破ればい。
背を扉に向けて足に力を込め俺はドアに体当たりすべく駆けだした。
公共物を破壊するのは気が引けるが、これは非常事態。公園の管理人さんも許してくれるだろう。
これでトイレからはオサラバだ。アリーヴェデルチ!
俺は全ての体重と運動エネルギーをドアへとぶつける。
「――グハァッ!!」
そんな、馬鹿な。
ドアにぶつかった瞬間、俺はドア正面のトイレの壁に反対に叩きつけられていた。
俺は、胃から酸っぱいものがせり上がって来るのを、唾を飲み込むことで我慢。
なんて奴だ。これでも昔、小学生の頃に仲間内でフィジカル最強と言われていたこの俺のタックルと弾き返すとは。
近頃のトイレは、少々頑丈にできているとは噂に聞いていたが、まさかこれ程のものなのか……。
俺は戦慄した。
このトイレのドア――できる!
あの地獄だった三年前でさえ、こんなに強い奴は居なかった。
俺は生まれて初めて出くわす強敵を前に、柄にもなく闘争心を剥き出しにした。
そうだ、お前にならあまりに危険すぎて封印していたあの技を使えるやもしれん。
「はぁぁぁぁ! 海・天・地・空・無・刃、そして全! より束ねしチャクラを解放し……」
ふふふ、この技を喰らっても俺を恨むなよ。恨むのなら、この技を俺に使わせるお前自身の強さを恨むがいい。
『あの~、すいません。入っていますか?
僕、我慢しているので、できれば早めに代わって変わっていただきたいのですが』
なんだ、こんな時に。
ドアからノックの音と人の声がしたので、構えを解いて技を中断する。
「心配はいらない、もうすぐ出ていく。今からこの俺がコイツの全てを灰塵に帰して全てが終わる」
そうしてようやく俺は、トイレから外の世界へと脱出ができる。
『あなたはトイレで、何をしようとしているんですか!?』
トイレの外で驚いたような男の声が返って来た。
「そうだな、しいて謂えばさっきまでの自分を越えてゆく――といったところか」
『そんな一昔前の格闘漫画の主人公みたいなセリフを期待して、聞いた訳じゃなんですけど!?
それよりも、そんな用事なのなら僕にトイレを譲ってくれません?』
さらに、困った事になってきた。
俺はトイレから出られない、ドアの向こうの彼はトイレに入れない。
このままでは、俺も彼も不幸なことになってしまう。
「それは、残念ながらできないんだ」
『なんでですか。さっきの言い方なら、トイレはもう済ましているんですよね』
「トイレの鍵が壊れて、内側からも開けられなくなった。だから出て行ってやりたいのはやまやまだけど、出られない」
『そんな! この公園にある一つしかない男女兼用のトイレの他は、ここ辺の近くにはする所がないんですよ。
僕、もうすぐ限界が近いんで漏らしてしまいます』
ドア越しに、彼のバタバタとした足踏みの音が聞こえる。本当に必死な頑張りようが伝わってくる。
一刻を争う事態となった。急いでここから出なければ。
今こそ中学生の頃に、町内空手大会で第三位になったこの俺の本領を発揮する時!
「セイヤッ! ――ハァッ!」
今度はタックルではなく、腰の入った会心の正拳突きをドアに叩きこんだ。
――が、ビクともしない。ちぃ、駄目か。
手応えをは感じたのだが、当のドアは依然としてなんともないままだった。
「すまない。今、力づくで開けようとしたが開かなかった。しかし、一度で駄目なら何度でもやりぬくまで……」
『………………うう、衝撃が……腹に……』
ドアの反対側からのそわそわした音はピタっと止んで、男の悲痛な声が聞こえてきた。
「まさかこのドア、俺の正拳突きでの内部の衝撃受けることなく反対へと通したというのか!
そして、その通した衝撃が彼に。それで手応えが!?」
「そんな……ことより……僕への心配を……してくれませんか?」
なんて奴だ、そんなことができるだなんて。
しかし、弱った。こうも打撃が通じないとなると、どうすればいいのか。
することなすこと、ことごとくが通用しない。まるで、このドアが俺を強く拒絶しているかのようだ。
ん、拒絶?
そもそも俺は何故、このトイレのドアから拒絶されているのだろうか。俺は、トイレに入った時の事をもう一度思い出す。
確か、トイレへ急いでいた俺はトイレに駆け込むようにしてトイレへと入り、そして乱暴にドアを閉めて鍵を掛けた。
「そうか! 大事なのは、トイレを使っているという感謝の心。俺に欠けていたものは、それなんだ」
『何変な事を言だしているんですか!?』
「俺はたかがトイレだと思って、トイレを蔑にしていた。それではトイレも怒って当然。つまり、出れないのはトイレの怒り」
『あんたが自分で、鍵が壊れたって言っていたでしょうが!』
「天に召します偉大なる厠の神々よ。我が懺悔をどうか聞きうけ許したまえ救いたまえ」
『奇妙な宗教誕生の瞬間をみた!』
「なにをボサっとしている。お前も祈るんだ」
『ええっ!? なんで僕まで』
「いいから!」
『ええ~……? そんなので開く訳が……』
「早く! 間に合わなくなっても知らんぞ!」
『お願いですトイレさん。どうかその扉を開いて、私めをその中に入らせて下さい……お、お腹がぁぁ』
「俺も必死に祈っているからお前も堪えてくれ、もうすぐのハズだから。――よし、いいだろう」
これでトイレに、感謝の声は十分伝わったはず。
ガチャ。
ガチャガチャ。
ガチャガチャガチャ。
ガチャガチャガチャガチャ……。
「開かない。妙だな?」
『妙じゃないです、鍵が直ってないんですから自然です!』
そうか、鍵が直らないことには開かないんだったな。
「こりゃウッカリだな。アハハハ!」
『笑い事じゃないです! 僕もう我慢の限界が、直ぐそこでこんにちはって挨拶している状態なんですよ!』
「……俺達、もう頑張ったよな」
『変なことを試したくらいなのに、そこで諦めないで下さい』
「このパン○ースは俺のおごりだ。気にすることはない」
『間に合わない時の会話のシミュレーションなんかもいりません』
「ちょっと、薬局行ってウェットティッシュとパ○パースを買って来る」
『だから、間に合わない前提での話は止めてください。てか、アンタは現状そこから出られないでしょうが!
……怒鳴ったら、またお腹に響いて、もう……限……か……』
「おお、神よ。あなたは目の前で今にも崩れ落ちそうなものに救いの手を伸ばさないのですか!
だとしたら、あなたはとても残酷だぞ。お願いだ、俺の事はどうだっていい。だから、そこの男を助けてくれ!」
俺は力なく固く閉ざされたままのドアを打つ。
――カチリ。
それは奇跡と呼んでも過言ではない出来事だった。
ドアを打った力はとても弱々しいものだった。
しかし、そのときに起きた振動によるものなのか、力を込めて動かなかったはずの鍵が偶然開いたのだ。
「頑張れー、間に合う、もうすぐだ。急いで出てやるからな……」
俺はドアの取っ手を握り勢いよく開くと、そこには顔を苦しそうにして倒れる男の姿が。
「あなたは……」
男の声はドア越しに聞いた声そのもの。この人で間違いない。
「お前を助けに来た。さあ、お前の待ち望んでいたトイレだ。歩くのが無理なら俺が運んでやる」
「……出てくるのが……ちょっとばかし……遅すぎ」
「そういうなって、俺だって必死だったんだ」
そして、男は無事に漏らすことなくトイレに辿り着けた。
めでたしめでたし。
大きな事を成し遂げたみたいで、とても充実した気分だ。
さあ、散歩に戻ろう。俺は公園を離れた。
『ところでさ、トイレットペーパーが切れているんだけど』
…………。
『おーい』
…………。
『おーい、まだそこに居るんだろ?』
……………………。
『居るんだよね? 居るっていってよ、お願いだから!』
これは、とある公園の公衆トイレで起こった、酷く、どうでもよく、下らなくもある、ありそで、なさそな物語。