記憶の弾丸
この章のラスト回です
暗い
俺は安全地帯を抜け出して最初にそう思った。完全な闇が支配するとまではいかないが月明かりも大きく枝を伸ばす木に遮られてほとんど前が見えない状況だ。
「なあ、シグマ。これ暗すぎない?明日の昼とかじゃダメなのか?」
「別にいつ行こうが関係ないよね。相手も同じ条件で戦っているわけだし。それに私は夜目がきくほうよ。なら夜の方がいんじゃね?」
「そうですか」
もはやなんの言い訳もきかないみたいだ。俺はため息をつきながらシグマの横で並んで歩く。
ザッ……ザッ……
ハァ……ハァ……
特に走ったわけでもないのに息が切れる。暗闇なので常に周りの警戒をしていたのだが。
予想以上にきつい。いつどこに敵がいるのかわからない状況で警戒しているのだ。ただ歩いているだけで、肉体的には大丈夫でも精神的にはかなりの負担がかかる。むしろ横で口笛吹いているシグマはある意味最良の状態なのかもしれない。
「ねえ、さっきからあなたハアハア言ってるけど、、、興奮してんの?」
多少抑えた声でシグマはとんでもないことを言い出す。
「バッ…バカ。緊張してんだよ。なんで殺し合いのさなかに興奮しなきゃいけないんだよ」
俺も必死に否定はするが声は抑えめだ。
「なんだ。でもそんなに緊張しなくてもいいわよ。ほら私耳超いいし〜。敵が来たら足音で気づくということだよ」
「え?そうなの。なら俺のこの緊張はなんなの?」
「なんなのって言われたら、無駄骨っていうしかないな」
「そんなぁ。俺第三者から見ると痛い人みたいになっているじゃないか」
「うん、話は156度変わるけどあなたの名前はなんなの?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。俺の名前は…」
その時シグマが足を止める。
「いやー、そうくるとは思わなかったよ。足音が無いなんてねぇ。でも、その殺気だけは消せなかったのかしら」
闇夜にシグマの声が響く。誰に話しているのかも分からぬその声は風の音にかき消される。この場をその風の音だけが支配する。
「どうしてわかっ…」
ガアン
シグマは後ろから聞こえてきた謎の人物の声に向かって、引き金を引く。
「ウッ」
聞こえてきた声の主は苦痛の声をあげた。
あまりの急展開に呆然と立ち尽くすしかない俺に急にシグマが俺の頭を持ち地面に叩きつける。
「おい、なにす…」
ガアン
俺の頭の上を銃弾が通り過ぎる。そのあとすぐに木の陰に身を潜める。
「暗闇のせいでこちらは見えないはずだから一旦逃げようか」
「え?せっかく敵に遭遇したのに逃げんのか?」
「最初の一撃で決めるつもりだったから。計画が狂っちゃったからもう一旦アジトに戻って立て直しましょう」
「目の前に敵がいるのに逃げるなんて…自分の願いを叶えるために俺はここに立ってるんだ。あいつを倒せばそれに一歩近づける。それを見逃すなんて俺にはできない。一発食らったやつに負けるなんてことはないだろうしな」
俺は木から飛び出し銃を構える。
「ちょ、危ない!」
シグマが木の陰から出てきて俺を突き飛ばす。俺は地面を転がり、木にぶつかりそこで止まる。
「おい、何すんだよ」
俺はシグマに向かって叫ぶ。しかし、俺は自分の叫びがいかに無意味なことと悟る。
「シ、シグマ…?」
シグマは右足から血を流していた。
「おい、大丈夫か」
俺はシグマに駆け寄る。シグマは片膝をついていた。
「敵は深手を負って逃げたわ」
睨むようにしてこちらを見ながら言う。
「あんたがあいつを殺すのが望みへの最善だと思っているのなら追え!」
「そんな、シグマをここに置いて行くなんてできるわけないだろ」
シグマは歯をギリリといわせる。
「あんたはその程度の覚悟でここに立っているのか?仲間が傷ついただけでうろたえる程度の望みなのか?その程度なら今ここでその銃で頭をぶち抜いて死ね」
シグマの口調はいつものような軽い口調ではなかった。
「もう一度言う」
「自分の望みを叶えたいのなら追え!」
暗い森の中で私は一人佇んでいる。さっきまでは一人の男の子がいたのだがそいつも自分のために走り去って行った。
私は自分の手を見る。この手であの子を押して助けた。だから被害は最小限に収まったはずだ。だけど、彼ならこうはしないだろう。
「はあ、やっぱり私はあの人みたいにはなれないな」
その小さな独り言は強い夜風にさらわれて消えていった。
ハァ……ハァ……
俺は今見えない誰かを追っている。そいつからは足音が全く聞こえない。そういう武器だろうか。だから俺はそいつの息を吐く音だけで追いかけていた。
勢いで来てしまったが果たして俺にはシグマの言う覚悟というのがあるのだろうか。また、銃が重くなったりしないだろうか。まあ、そんなことはその場面になったらわかることか。
俺は自分の悩みを楽観的に片付ける。この思考回路が俺の悪いところでもありいいところでもある。
ハァ……ハァ……
走り始めてどのくらい経っただろうか。ここに来て初めての木のない開けた場所に出た。
月明かりが強くその場所だけを照らしている。俺は銃を上げると、月明かりで姿を見せる男に向かって引き金を引く。
その弾丸は男の足に命中し男は派手に転倒し銃も手放してしまう。その男とは言わずもがな俺が追っていた奴だろう。
カチリカチリ
銃の次弾装填の音が風が強い夜のはずなのにやけに響く。
俺はゆっくりと男に近づく。男は目にゴーグルをしていた。これも武器だろうか。
男は俺の撃った足以外にも脇腹付近を赤で染めている。
とうとう俺は男の目の前で立ち止まる。
カチッ
なにかが合わさったような次弾装填の完了の合図が鳴る。
銃口を男に向ける。すでに手の中の銃は俺の手では支え切れないような重量になっていた。
この重さが多分命の重さなんだろうな
俺はそう思う。それを自覚したうえで引き金を引こうとする。だが、今まで震え上がって口すら開けなかった男が急に話し始める。
「ま、待ってくれ。まだ俺を殺さないでくれ。お願いだ。俺は妻と息子を残したまま死んでしまった。だから俺はまた家族みんなであの日常を取り戻したかった。だけど、それももういい。俺はもうこの生という時間をまだ過ごしていたいんだ。だからまだ殺さないでくれ。お前たちの要求にはできるだけ答えるから。お願いだ。助けてくれ」
戯言だ。
俺はそう思いさらに銃を握る手に力を入れる。
すると男は急に泣きながら土下座をし始める。
どこかで同じ光景を見たことがある。それはあの工場跡地で大男がした行為に似ていた。
俺は深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「もう、同じ過ちは繰り返したくないんだ」
森の一角で銃声が鳴り響いた。
「ほら、いつまで泣いてんのよ。早く立ち直りなさい」
「いや、だって俺は人を殺したんだ。俺はあの人の未来を奪ってしまったんだ」
今俺たちのいる場所は安全地帯であるアジトだ。そこで俺は泣いていた。
「あ、そういえばあなたの名前聞いてなかったわね。教えてよ」
「白城 颯」
俺は嗚咽混じりの声で答える。
「シラギ ハヤテね。いい名前じゃない。じゃあハヤテの好きな女の子の名前は?」
「朝倉 悠」
そこで一瞬の間が空く。俺は不思議に思い、うずめていた顔を上げる。目の前にはシグマが立っていた。
「ねえ、ハヤテ。ユウに会うのにそんなに悲しそうな泣き顔をするの?どうせならユウも笑顔になるくらい幸せそうな顔してなさいよ」
「ユウを笑顔に…」
「そうよ、惚れた女でしょ。絶対に悲しませちゃダメよ」
ああ、そうか…
俺の見た最後のユウの顔は泣き顔だった。でも、そんな終わり方はもう嫌だ。俺は笑顔のユウが好きなんだ。ならそれを叶えよう。どんな試練が待っていようとも乗り越えて見せる。
ユウと笑顔でさよならするためならば…
さあ、どうでしたか?この章の『記憶の弾丸』というタイトルはこの回での白ちゃんの過去との葛藤のことです。次の章は少し遅れるかもしれません




