どっちの師ショー(2)
とある二階建てアパートの二階の一室。
俺は一人の少女と出会った。
…。
全裸で。
〜〜〜〜
「裸族」と言う言葉を知っているだろうか。
決して、服をも身につけないような文明に取り残された部族の事ではない。
「裸族」は日本にも存在する。
「裸族」というのは自宅やホテルなどの屋内を、裸で開放的に過ごす人達の俗称である。
その大半は一人暮らしの者らしく、…まあ、一人暮らしじゃない裸族なぞ存在するのかは甚だ疑問だが、ともかくこういった裸族というのは実はとりわけそう珍しい話でもなく、そうでない人の想像以上に生息しているようである。
そして、俺は断じて裸族では無い。
浴室でなく部屋で服を着ているだけだ。
裸族などという変態の部類に属するであろう人種とは違う。
俺は間違いなく一般人の部類である。
—そして、俺は今。
全裸で見知らぬ少女と対面するという、一般人が遭遇するはずの無い奇特な状況となっている。
というか、こんな状況普通裸族でもありえない。
もし、「俺、全裸の状態で少女と出会った事あるよ」なんていう男がいるとすれば、そいつは十中八九露出狂だ。
…いや、ほぼ100%露出狂だ。自首せよ。
そしてこの現状。
俺は、浴室と寝室を繋ぐ廊下の終点である、扉の無い解放的な寝室の入り口で、携帯のみを装備した解放的な姿で膠着する。
対する少女は、さらにその寝室の最果てである、窓を覆い隠すカーテンの下で、目を手で覆った姿で立ち尽くす。
距離にして三メートル。
互いの全身が良く見える距離。
劣勢。
そんな非日常的な風景をカメラで写し取るかのように、時がしばし静止していた。
〜〜〜〜
「あっ、えっと、キャ~ッ!ヘンタ~イ!!」
その声を合図に俺の中の時は再び動き始めた。
というより、巻き戻し始めた。
全裸の一般人男性は携帯へと視線を戻し、ゆっくりと後退する。
そしてそのまま自然な動きで浴室へとスムーズにイン。
ミッションコンプリート。
…さて、と。
言いたい事は色々あるが取りあえずアレだ。
「変態はお前だろうが!」
怒号が浴室に響く。
怒号といっても、深夜なので当然控えめな怒号だ。
しかし、狭い浴室は予想以上に声が反響するものだ。
声がタイルに跳ね返りこだまする。
エコーが嫌味のように自分の耳に入ってくる。
「変態はお前だろうが!」
んだと、この野郎。
見ず知らずの少女に見せ知らせてしまったかもしれないという現実。
その言い知れぬ『罪悪感』から気が高まる。
「だ、大丈夫ですよ!私見てませんから。」
浴室の外から少女の声が聞こえる。
そうか。見えてなかったか。それは良かった。
「それに…全然恥じるようなモノじゃありませんでしたよ!」
…。
見てんじゃねーかあ!
考えてみて俺は思う。
目を手で覆うというのは自らの視界を遮るための動作…では無い。
あれは覗き見るポーズだ!
自分の視線を、相手から隠す行為だ!!
「…なぜ、すぐに後ろを向かなかった?」
「あなたもずっと真っ正面向けてましたよ?」
…。
過ぎてしまった事はもういい。
問題は他にもある。
お前は誰だとか、鍵が閉まってたはずなのにどうやって入ったとか…。
だが今一番問題なのはやはりあれだろう。
俺がまだ全裸だという事だ。
着るものは寝室。
寝室には少女。
少女は切れ者。
このままでは服を取りに行く事もできない。
「えっと、あの〜、ごめんなさい!まさか全裸で現れるとは思わなくて…」
いや、現れたのはお前だからな。
裸の俺がお前の前に現れたんじゃなく、お前が裸の俺の前に現れたんだ。
えらい違いだぞ、これ。
「私は何をすればいいんでしょうか?」
「…取りあえず、服をよこせ」
扉越しだからこそ、こうして落ち着いて会話していられるが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
ともかく、服を着ないことには何も出来ない。
寒い。
「え?服をですか?えっ?キャー!……はい…分かりました!それで許してくれるのなら……これでおあいこです!!」
「ちげぇ!お前の服じゃねえ!俺の服だ!」
ツッコミが浴室の中こだました。