押しかけ婿と電気スタンド
神奈咲子は16歳にしてはじめての失恋をしてしまった。
憧れだった近所のお兄ちゃんが来年結婚することを知ってしまったのだ。
しかし、彼と恋人同士になりたかったわけでも、ましてや結婚したかったわけでもない。
(せめてもうちょっと大人なら失恋になったのかな)
そう、失恋相手はお兄ちゃんではない。
恋そのものだった。
(うーん、寒いうえにバカバカしくなってきた)
窓をあけ、冬空を眺めて、失恋気分に浸っていたが、体は正直である。
ベッドから起き上がり、窓に近づく。
不意にカーテンが揺れた。
「結婚を申し込ませていただけませんか?」
と、月の逆光に浮かび上がった人影は言った。
「この不審者……!!」
咲子は迷いなく、近くにあった電気スタンドを投げつけ、その人影は窓の外に消えた。
(ちょっとめんどくさいことになったな)
咲子はリビングで簀巻きにされた青年を見下ろしながらため息をついた。
となりには祖母がいる。
今年で70歳になるが、背筋も伸びて年齢よりも若く見えるのは、薙刀を持ち、構えの姿勢でいることも関係しているだろう。
「このひとがアンタの部屋に入ってきたって?」
「うん、多分、わたしの部屋の下に落ちてたし」
「そう、起きたら事情を聞かなくちゃね?」
いつものとおりの柔和なほほえみが今は怖かった。
先に警察に届けたほうがいいと咲子は思ったが、今の祖母に口答えをする勇気はなかった。
(顔は良さそうなんだけど)
ふわふわとしたはしばみ色の髪と長いまつげは、簀巻きになってうなされていても美青年だということがわかった。
手足も長いし、色も白い。
まるでモデルのような風貌に、イケメンに限る、なんて言葉を思い出させるが、住居侵入で命の危機すら感じる状況では効き目も薄い。
「う……」
「気がついたのかね」
祖母は手に持った薙刀の切先を簀巻き青年の鼻先に振り下ろす。
その風圧に目をしかめ、開けた。
「僕は、何を」
周りを見回して、咲子の姿に気がつくと、薙刀さえ目に入らない様子で、青虫のようにずるずると咲子に向かった。
祖母は薙刀を引き、咲子は一歩後ずさる。
「驚かせてごめんなさい! でも、真剣なのです!」
(犬みたい)
墨のように真っ黒な目に涙をためる姿を見て、咲子は他人事のように思った。
動物と子供はイケメンよりも強い効果を持っている。
「あなた、だれ?」
「多加尾と申します! 一度だけお会いしたことがあります!」
(イケメンが台無しだ)
口を聞いてくれたことに対して、よほど嬉しかったのか、口元をだらしなく緩ませた簀巻き青年多加尾を見て、再びため息をつく。
イケメン度と反比例して動物度は上がるのが、また厄介だ。
「覚えてない」
「覚えてなくとも良いのです」
「あんなにアレなことを言っておいて、こっちは良くないよ」
「アレですか?」
(結婚……なんて大それたことのことだよ)
結婚という単語を口にしたくはなかった。
微妙な乙女心である。
「ああ、アレですね。 アレはちょっと早急すぎましたね」
多加尾は簀巻きになっているというのに、器用に肩をすくめる動作をした。
「お側に置いていただけるのでしたら、それ以上は望みません」
にっこりと、ただひたすらに美しい笑顔を作った。
ただし簀巻きで。
「今は」