トリップした変な子とドラゴン(仮)
黒髪の幼さの残る顔立ちの少年は、気がつけば木々が茂る森の中にいた。
比喩ではない。中学からの帰宅途中に、少年水島悠平は森の中にいた。一瞬、ぽかんとした彼はあたりをきょろきょろと見回している。
「此処、何処だろう?」
不思議そうに言葉を発した悠平の頭には、これが”異世界トリップ”と呼ばれるモノだなんて微塵も思っていないらしく純粋に疑問のようだった。
しばらく何故此処にいるのか、と考えていたようだった悠平は、
「うん、お腹へったからなんか食べよう」
などと呑気なことを口にして、考えても仕方がないからと考える事を放棄した。というより此処が何処かという事よりお腹が減ったという事の方が彼にとって重要であったらしい。
腹が減っては戦が出来ぬというもんな、などと考えて意気揚々と食べ物を探しに行く彼の頭にはすっかり此処が何処かという疑問は抜け落ちている。いうなれば悠平はバカである。深く物事を考えるのが何処までも苦手であり、どうにもならない事はまぁ、いいかで済ませてしまうのであった。
特に色々と気にしなければならないことを気にしない性格である悠平は、森の中をさまよいながら兎にも似た動物を発見する。真っ白な毛並みを持つそれは、ホーン・ラビットと呼ばれる魔物なのだが、もちろんそんな事悠平にはわからない。ホーン・ラビットを見据える目はキラキラと輝いている。お肉ぅううとでも叫びだしてしまいそうなほど彼は興奮していた。
しかしそこで悠平はあることに気付く。得物がないのである。あんなに鋭い角を持つ兎に無防備に飛びかかったらどうなるか、を考える頭は一応悠平にあったらしい。が、しばらく得物を探したが結局見つからず愚かにも魔物に得物なしに悠平は飛びかかった。
後ろからとびかかり、容赦なく飛び蹴りをかます。驚くべきことにホーン・ラビットはそれだけで死んだ。
「あれ…?」
自分が思ったよりも威力が強かったらしい蹴りに少し考え込む悠平だが、まぁ、いいかと死んだホーン・ラビットを手に持つ。
もちろん、異世界補正により身体能力が強化されていることなど悠平は考えもしない。実際は魔術も補正されて使えるのだが、そんな発想は彼にはない。
そこで、悠平はまたはっと気付く。皮をはげない、という事実に。炎も熾す必要がある。生肉は遠慮したいらしい。
ご飯が食べたいのに食べられない、その葛藤に頭を一瞬悩ますがやっぱり彼は深く考えない。ま、いいかととりあえず兎をかかえて森を歩きまわることにしたようだ。
歩きまわる中で、突然ごおぉおおんという大きな音が響く。一瞬びくっとした悠平は、怖い物しらずなのかバカなのか、その音のした方に向かう事にした。
「お?」
その場所で見た光景に思わず悠平は目を輝かせる。
巨大な何かが居る。鱗がびっしり生えていて翼を持つそれはドラゴンと呼ばれるものなのだが、悠平はドラゴンの事は気にしていなかった。悠平が目を輝かせてみていたのは、ドラゴンが吐きだした炎のブレスである。それを見て炎だ、もらえるかなとわくわくしている悠平はかなりの変人である。
ドラゴンが悠平に気付く。しかし悠平は気にもせずに炎があることに意気揚々としてどうにかホーン・ラビットの皮をはごうとしてる。得物は木の棒だ。ついでに角は得物にできそうだと頑張ってひっこ抜こうとしていた。
「………」
ドラゴンは、まるで何だこいつはという目で悠平を見ている。でも悠平は皮をはぐのに夢中である。
「………」
自分を気にもしない少年にドラゴンは変な表情を浮かべる。それでも彼は皮をはぐのに夢中である。
「……そこの人間」
ドラゴンが声をかけるが悠平は夢中になっていて聞こえていないのか、返事をしない。ドラゴンは困惑の表情を浮かべている。
「おい、そこの――…」
「よっしゃ、皮はげたし、角とれた!! 肉、肉ぅ!!」
話しかけようとしたドラゴンの声は、悠平の歓喜の声に遮られる。ドラゴンは踊りだしてしまいそうなほどに喜んでいる悠平にどうしたらいいかわからない。
「肉~、肉~!! 愛しのお肉ちゃん!!」
お腹がすきすぎてテンションがおかしくなっている悠平は何だが嬉しそうに木の棒に兎をひっかけて未だにメラメラと燃えているドラゴンのブレスによる残り火に兎をさらしている。ドラゴンは自分が目に入っていないのかと声をかけるべきか迷っている。
「あー、よだれ出てきた。ご飯、ご飯!!」
「あー……。そこの人間」
「ん?」
ようやくドラゴンの方を見る悠平。目があったが、あれ、何でトカゲが喋っているんだろうと困惑した悠平は気のせいかと肉に視線を移す。
「おい、私だ、私。喋っているのは私だ、目があっただろう!!」
「……ん? 何でトカゲが喋っているんだ?」
ドラゴンが喋っている事に気付いた悠平は、あれ、と口にする。トカゲという言葉にドラゴンはあんなものと一緒にされた事に固まった。
「違う、私はドラゴンだ。あれと一緒にするではない。高貴なるドラゴンだ」
「ドラゴン…? ん? あれ、此処本当に何処だ? ま、いいか、それより肉だ」
ドラゴン、という単語に地球に居ないよな此処、何処と一瞬思ったがドラゴンより肉が優先らしく視線は肉に戻される。ドラゴンはもはやこの人間が理解できない。
「おい、人間。此処が何処かわからないとはなんだ」
「ん? なんか俺気がつけば此処にいたからよくわかんない」
答えながらも視線はおいしそうに焼けてきているホーン・ラビットに釘づけである。ドラゴンは悠平の言葉にどういうことかと思考する。
「わからないとは…?」
「あー。気付けば本当に此処いたからわかんない。えーと、ドラゴンさん、此処何処なわけ? 一応教えてくれるとうれし……おぉ、いい具合に焼けた!」
教えてほしいと口にしながらも悠平は肉しか見ていない。しかも言いかけていい具合に焼けたからと最後まで言わなかった。此処が何処かよりもやっぱり肉が優先らしい。ドラゴンはとりあえず、口にしてみる。
「此処は、人間のいうアバヒルア王国の南部に位置する魔の森と呼ばれる森だ」
「アバヒア王国?」
「ちがう、アバヒルア王国だ」
「アバイルア王国?」
「……アバヒルア王国だ」
「アバヒルア王国?」
「そうだ」
「よっしゃ、あたった。てか、肉うまい」
場所を聞きはしたものの、思考は肉にいっているらしい。バクバクと勢いよくホーン・ラビットを食べている。ドラゴンは悠平と話しているのに少しつかれている。
「おい、人間。聞くだけ聞いて反応はなしか」
「ん? あー、アバイルア王国なんて俺しらない」
「…アバヒルアだ。また間違えてるぞ。というか、人でありながら知らないとはどういう事だ」
「わかんない。そもそも俺が居た場所ドラゴンとか居なかったし」
ごっくんっとホーン・ラビットの肉を口に放り込みながら悠平は口にした。聞いた事ない国名だろうと、ドラゴンがいようと、異世界だという発想はないらしい。バカである。ドラゴンはもう既に頭が悪いんだなと悠平に対して感じている。
「ドラゴンがいない?」
「見たって話は聞いたことない」
「……お前の出身地は何処だ」
「日本。兵庫県××市の――」
「ないな。そんな国。お前もしかして異世界人じゃないか?」
「ん? 異世界?」
長寿であり博識なドラゴンは時々、異世界から迷い込んでくるものが居る事は知っていたし口にした。その言葉に悠平はその発想はなかったとでも言う風である。
「時々迷い込んでくる奴がいると聞く」
「へー。此処異世界なんだ。それよりドラゴンさん、おいしい食べ物と安心して眠れる寝床ない?」
「……感想はそれだけか」
「ん? 異世界なら異世界で別にいいし。それより俺おいしい物と眠る場所が欲しい。ドラゴンさん、この森住んでるなら教えてー」
ご飯と眠る場所があればそれでいいらしい悠平は、悲しみにくれるような事は一切なく笑顔である。ドラゴンは何だか呆れたように悠平を見ている。それでいいのかというつっこみは無駄だと少し話していただけで理解できたので言わなかった。
「…よかろう。しばらくは私の住居に来るがよい。見知らぬ場所に来たばかりであてもなかろう」
「おお、ドラゴンさん太っ腹。ちょうど眠くなってたんだ、俺」
「そうか、とりあえず乗るがよい。そして掴まれ。飛ぶぞ」
「うん、乗る乗る」
躊躇いもせずに悠平はドラゴンの体に飛び乗る。異世界トリップの補正により強化された体では簡単に飛び乗れた。ドラゴンはその運動神経と警戒心のなさに呆れている。
「人間しては身軽だな」
「あー、気が付いたらなんかいつもより身軽になってた。それより早く連れてってー、ドラゴンさん。俺寝たい」
異世界補正の事よりも眠気が勝っているらしい悠平であった。ドラゴンは何をいっても仕方ないだろうととりあえず飛び立つ。途中で悠平が眠りかけて落ちそうになってドラゴンが慌てて怒鳴り起こすのは別の話である。
―――トリップした変な子とドラゴンは、そして仲良く森で暮らし始めるのでした。
(そういえば、ドラゴンさんの名前何ー?)
(ルベアだ)
(じゃ、ルーさんね)
(誰がルーさんだ!)
水島悠平
変な子。運動神経は抜群だけど頭は悪い。バカ。
物事を深く考えない。楽観主義。ま、いいかと気にしない。此処が異世界なのか地球なのかも特に気にしていない。身体能力強化いているのも気にしていない。
中一。子供のころから自然に入るの大好きだったため、野生児っぽい。
森のドラゴン。
悠平の発見者。異世界からくる存在は時々居るので、知っていたが何だかマイペースすぎる悠平にどうしたらいいかわからない。でもいきなり見知らぬ土地に放り出された人間を放っておくのもどうかと思い悠平を住居に住まわせるいい人。
最初は悠平だけがメインキャラで出す予定だったのに、幻獣が好き好きてドラゴン出してしまいました。
題名は仮です。いい題名思いつきません。